連載2

□堕とされた歌姫が唄う破滅のうた
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「……ほんとに、さいあく」
「なに?」

力を過信したことはただの一度としてない。けれど負けた。何もかも奪われた。何もかも失った。
最強であるはずだったのに。

「ねぇあなた、名前は?」
「セフィロス」
「ふ〜ん。強いの?」
「さあな」

セフィロスは驚いた。躊躇うことなく名を口にしたけれど、自分の名を知らない人間がこの世にいるとは思ってもいなかったのだ。それは決して自惚れではない。
この星で『セフィロス』を知らない人間はいない。姿形を知らなくとも銀の髪に長い刀を持ち、名を名乗れば彼が神羅最強と呼ばれる『英雄』だと直結するからだ。その彼に強いのかと聞いた少女は本当に何も知らなかった。セフィロスからすればどんな田舎から出てきたのかと思ってしまう。そして彼女に俄然興味が湧いた。手合わせした直後から、彼女がなかなかの手練れであることは手に取るようにわかった。マテリアの不思議な使い方も、ほかにどんなものを見せてくれるのか気にもなる。

「お前はどう思う?」
「強いと思う」
「そうか。そういうお前は強いのか?」
「……弱いよ、弱かった。何一つ守れずに突き落とされたから」
「守りたかったものはなんだ?」
「だから死にたいの」
「……何?」
「あなたは私を殺せるかな?」

少女は駆け出した。
二対の剣を振り上げセフィロスに斬りかかる。

「あなたが私を殺せるくらい強いと嬉しい」
「上等だ」

口元に笑みを浮かべてセフィロスは少女の剣を受け止める。
戦いの火蓋はきって落とされた。


















アンジールが崩壊する建物をなんとかくぐり抜けてそこへたどり着いた時、そこは殺気と闘気で満ち溢れていた。ピリピリと肌で感じる重々しいその空気に本能が逃げろと叫んだ。剣を持つ手がわずかに震えている。
視界の先には同僚でもあり上司でもあり親友でもある男がいた。見事な銀髪を靡かせ並大抵では操ることの出来ない長い刀を閃かせ戦場で舞っている。
相対するのは小柄な少女だった。
身の丈以上もある巨大な二対の大剣をいとも簡単に操り、軽い足取りでまるで剣舞でも踊るかのように宙を舞う。その戦いぶりはセフィロスと同等かそれ以上だった。
セフィロスも少女も見に纏う服はすでにボロボロだった。その比率はセフィロスのほうが大きい。

「セフィロスが押されているのか……?!」

俄かには信じがたい光景だった。
崩壊しつつある建物の中に鎮座し成長を続ける巨大な大樹も『あの』セフィロスが勝つことも出来ないでいる小柄な少女がいるということも。
これは現実だ。そう思わなければ夢だと錯覚してしまいそうだった。
セフィロスに加勢するべきかもしれない。だが逃げろと叫ぶ本能は知っているのだ。自分がいっても敵わないどころか足手まといになりかねないことを。だからといってただぼんやりと見ているわけにもいかず。逃げようと思っても退路を塞ぐように彼らは戦っているから通るわけにもいかない。
上から降ってくる瓦礫を避けながら、アンジールは己の無力さを実感した。
ここに来るまでの道中でも救えた命は一つもなかった。社長をタークスとともに屋上に送り届けて引き返したアンジールが見たものは崩壊していくビルの瓦礫に押しつぶされている神羅の社員と逃げようと惑って窓から飛び降りる姿だった。前者にしては遅過ぎて、後者にはアンジールの制止の声も届かなかった。
どうしようもなかった。
人はパニックを引き起こすと、自分でも思ってもないことをしてしまうのだ。それが普段戦闘に携わらない非戦闘員であればなおのこと。窓から飛び降りて驚愕を露わにする彼らの顔を忘れることはできないだろう。
仲間の死は何度だって見てきたが救えたかもしれない命を救えなかったのは初めてである。
そういった理由があってアンジールは上階から降りてきたにも関わらずひとりだった。
セフィロスの放った魔法が宙を舞う。少女は躊躇いなくそれを真っ二つに切り裂いた。爆音が轟きさらに崩壊が進む。
あの二人の戦いが崩壊を早めているのではと思えるほど白熱した戦いであった。こんな時でなければ観戦したいと思えるほどに。
だけれど今はそんな悠長なことをいっている暇はないのだ。
アンジールが一歩踏み出したその瞬間、セフィロスと剣を交えていた少女の瞳がこちらを向いた。
アンジールと視線が交わされる。

ーーこの距離で、気づいたのか?

まさかと思った。嘘だと思った。偶然であったと思いたかった。
少女は何事かを呟き、セフィロスがこちらへと視線を向けた。その視線がアンジールの周囲を彷徨い、誰もいないと知るや少女に向き直った。そして魔法が繰り出されセフィロスが少女から距離をとった。
きっと来いということなのだろう。長年の付き合いから漠然とそれを読み取りアンジールは地を蹴った。

「セフィロス!」
「無事だったようだな、アンジール」
「なんとかな。状況は?」
「深手を負わせたはずなんだが手応えがない。ついでに知らない魔法を繰り出してくるから対処に困る。ケアルはもっているか?」
「ああ」
「貸してくれ。ケアルを執務室に置き忘れた」
「どこか怪我を!?」
「足をやられた」

淡々というセフィロスにアンジールは目を見開いた。見れば右の太ももが横一直戦にぱっくりと割れているではないか。黒のスラックスのせいで血は目立たないが骨が見えるほどの深手である。そうとうの出血に違いない。アンジールは慌てて自分のマテリアを渡した。最高ランクとまではいかないがそこそこ育ててあるマテリアだ。しかし男が魔法を唱えるとそんなマテリアでも最上級魔法に変わってしまうのだから不思議である。
あっという間に傷は塞がった。だがマテリアは傷は治しても失った血液までは戻してはくれない。
返ってきたマテリアを受け取り、ふと彼を見ればその口元には笑みが浮かんでいた。瞳の中の闘志は消えることなく、それどころか先ほどよりも強い光を宿している。

「セフィロス」
「お前は先に脱出しろ。階下にいる連中を助けてやれ」

それが体のいい口上だということはすぐに気づいた。
この崩壊のさなかで残っている人間はいないに等しい。それが階下であればあるほど脱出できる可能性があるからだ。

「俺もここに残ろう」
「死ぬ気か?」
「まさか。お前とともに脱出するさ」
「手出しはいらない。あれはオレのだ」
「わかっている。元より手を出す気はない」
「ならいい。どうせ残るのならあの大樹をどうにかしてくれないか? 邪魔くさくてかなわん」
「善処しよう」

アンジールはバスターソードを引き抜くと(本来は使いたくないがそうはいってられない)地を蹴った。
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