連載2

□気づかされた感情
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『深淵の謎。それは女神の贈り物。我らは求め旅立った。』

透き通った耳に心地よい声にジェネシスは閉ざしていた双眸を開いた。鮮やかなコバルトブルーの空が視界いっぱいに広がる。

『彷徨い続ける心のみなもにかすかなさざなみを立てて』

木々のざわめきの音と共にその声は風に流れた。
ゆっくりと視線を彷徨わせると見知った姿が大樹の根元に座り己の愛読書を読んでいた。
ざわり。一陣の風が吹き抜ける。

「ーーサラサ」
「おはよう。よく眠れた?」
「ここは? お前はどうして……?」
「大丈夫? 随分と寝ぼけているみたい。ミッションの疲れが出たのかな。ラザードも人使い荒いよね。神羅の英雄を一体なんだと思ってるのかしら」
「英雄……?」
「どうしたの? 本当に大丈夫?」
「英雄はセフィロスだ。オレはまだ英雄じゃない」
「“また”セフィロス?」

くすくすと面白そうにサラサが笑った。

「ジェネシスはよくその夢を見るのね」
「夢?」
「よく言ってたじゃない。夢の中のその世界では、その『セフィロス』が英雄だって。1stソルジャーが4人なんでしょ? 私とセフィロスとジェネシスとアンジール。あなたと『セフィロス』がライバルで私はその『セフィロス』と付き合ってる、夢の世界の話。だけどジェネシス? そろそろ目を覚まして? ここにセフィロスはいないわよ。1stソルジャーは3人。私とあなたとアンジール。英雄はあなた1人よ」

さわさわ、さわさわ、風が鳴った。
曇っていた思考がだんだんと晴れていく、霧が晴れて行くのと同時にようやく思い出した。自分が今どこにいるのかを。

「バノーラ村」
「正解。ようやくお目覚めね」

微笑んだ彼女の頭上に見慣れた果物が成っていた。
バノーラ・ホワイト。
バノーラ地方でのみ採れるリンゴで一年中実をつけることからバカリンゴと呼ばれている。ホワイトと付くが果実は紫色だ。少年時代にジェネシスがコンテストで最優秀賞を受賞した馴染みのある果実を視界にいれておきながら何故気づけなかったのだろう。ジェネシスの視線に気づいたサラサが立ち上がっ。
薄紅色のワンピースの裾がふわりと揺れる。サラサは手頃な場所からリンゴを一つもぎ取るとジェネシスの隣に座った。

「その服は……」
「何よ。似合わないっていうの?」
「いや、よく似合っている。珍しいな。ソルジャーの服はどうした?」
「ジェネシスがこれを着ろって言ったんじゃない! 休日にまで制服は着ません。それに……」
「それに?」
「あなたの両親に会いに行くのにあんな格好じゃダメでしょ」

頬を染め視線を逸らしながらもしっかりとそう言ったサラサにジェネシスは己の耳を疑った。

「……は?」
「もう!! 本当に大丈夫!? 両親に結婚の報告をしたいから一緒に来てくれっていったのジェネシスじゃない!! この服だってあなたが贈ってくれたものよ。覚えてないの?」

贈った覚えはない。なぜなら彼女はセフィロスの恋人だから。もし自分が服を贈っても彼女は受け取らないだろうし、セフィロスだって許すはずがない。
けれどその服は見覚えがあった。
劇場でLOVELESSを観た帰りにショーウィンドウに飾ってあるのを見て、彼女に似合いそうだと思ったのだ。実際、サラサによく似合っている。

「本当に疲れてるみたい。明日からのミッションは私が代わる。ジェネシスは実家で少し休養していくといい」

口調をソルジャーの、女帝のそれへと切り替えたサラサは携帯を取り出そうとしてジェネシスは慌てて止めた。

「ジェネシス?」
「お前……」
「うん?」

ーーもしオレが、神羅の英雄となれたならオレと結婚を前提に付き合って欲しい。

女帝の隣に立つには英雄という肩書きが相応しい。だからその日まで待ってくれないだろうか。
初代1stソルジャーとして長らく前戦で戦って来たサラサにそう申し込んだのはジェネシスが1stに昇格して初めて彼女に会った時のことだった。そして月日は流れウータイ戦が終結し、ジェネシスは英雄と呼ばれるようになり、サラサとの交際が始まった。

「ーー今日で一年、だな」
「……ん」

サラサの左手の薬指には銀色の指輪が嵌められている。見覚えのあるそれは一年前の今日、彼女に贈ったものだ。それを彼女が嵌めているということと、さきほどの彼女の発言を含め考えるとーー……。

「これは夢か?」
「夢じゃないよ」
「セフィロスは……」
「ジェネシスの夢の中の人でしょう?」
「夢、か……」

そう言われてみればそういう気もした。
ずっと長い夢をみていた。
子供のころからセフィロスに憧れ、英雄となった彼を目指し、自分もそうなるのだとアンジールとともに神羅に入社して親友となるまで昇りつめたのは、夢。
全部夢だったのだ。
その瞬間、一際強い風が二人の身体を撫でて駆け抜けてゆく。舞い上がり、散った枯葉を見つめてジェネシスは静かに頭を振った。
いつのまにか頭の中にあったもやが綺麗に晴れていた。

「ジェネシス?」
「大丈夫だ。全部思い出した」

ジェネシスの言葉に、ほにゃりと安心したように表情を緩めたサラサに、ジェネシスはキスをして立ち上がった。

「ジェネシス……!」
「行くぞサラサ。ようやく両親にお前を紹介できる」
「ん……」

恥ずかしそうに頷いたサラサに手を差し出せば、嫋やかでいて武人の手がそっと重ねられる。彼女を立ち上がらせ、そのまま手を握ってジェネシスは歩き出した。
バノーラ・ホワイトがアーチを作る並木道。二人を祝福するかのように果実が輝いていた。











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