連載2

□気づかされた感情
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「う……」

痛みに目を覚ますと見慣れない天井が視界に入った。鼻にまとわりつくきつめの消毒液の臭いにジェネシスは眉を寄せた。わずかに視線をずらせば点滴とモニターが目に入る。寝かされた清潔なシーツから医務室だということを知った。

「目が覚めたか?」

凛とした声が聞こえて、ジェネシスは体を起こす。ーーいや、起こそうとした。その瞬間右肩に激痛が走ったためそれがかなわなかったのである。

「無理をするな。まだ傷が塞がっていない」

カタンと音がして椅子から立ち上がったのだろう彼女がジェネシスの視界に現れた。ベッドに腰掛け、ベッドがギシリと軋む。

「おはよう、ねぼすけさん」

安堵と苦笑と困惑と。声には様々な色が見え隠れしていた。

「サラサ、」
「少し待て。今、ベッドを起こす」

彼女の手が機械を操作すると上半身がゆっくりと起き上がった。

「喉は乾いてないか? 水ならあるが」
「もらう」

コップに注がれたミネラルウォーターをあっという間に飲み干して、ジェネシスは二杯目を強請った。久しく水分を喉にしていない感覚に、ジェネシスは首を傾げる。

「オレは一体何日ほど寝ていたんだ?」
「ざっと5日だな。血が足りなくてアンジールも1日隣で寝ていたが」
「アンジールが?」
「お前へ輸血した。今はミッションに出てるが、お前の目が覚めたと聞いたらきっと安心するだろう。後でメールを入れるといい」
「……ああ」
「セフィロスも何度か見舞いに来ていたぞ」
「セフィロス……?」

ジェネシスから紡がれた声は己でもわかるくらいに呆れるほどに情けないものだった。
彼が本当に実在したのか。夢の中の住人ではなかったのか。自分は何故ここで寝ているのか。傷。輸血。意味が、わからない。

ーーどうして。

積み上げて来たものががらがらと音を立てて崩れていく。
あれは夢か。ならばこれは現実か。
本当に。ーー本当に?
望んだ未来は。欲した世界は。
彼女は。サラサは。誰と付き合っている?

「大丈夫か? 顔色がーー今、医師を」
「呼ばなくていい。……教えてくれ。オレはどうしてここにいる?」
「一時的な記憶の混濁が見られるな。……いいか。お前はセフィロスとアンジールと2ndの留守中にトレーニングルームに忍び込んで何時ものごとく戦ったんだ。ーー私がミッションで居なかったことをいいことに。ああ、別に拗ねてるわけじゃないぞ。……そこでお前は怪我をして今に至る。因みにセフィロスはラザードに怒られて問答無用でミッションに飛ばされた。当分休暇は無しだな。アンジールも然りだが、お前への輸血があったからセフィロスよりハードではなかったぞ。ついでにトレーニングルームが現在使用禁止だ。他部署から苦情が殺到している」
「ーーそうか」

そうか、とジェネシスは口の中でもう一度呟いた。
自身が保有する記憶。混濁していたけれど漸く霞が晴れたかのように鮮明になってきた。

ーーそうか。あれは夢か。

その言葉はストンと胸に収まった。
夢。
セフィロスがいないことも自分が英雄であることもサラサが恋人であることも結婚の約束をしたことも。
夢は願望の現れとはよく言ったものだ。

「ジェネシス?」
「なんでもない」

顔を伏せ気づかれないようにニヒルに嗤う。
気付かない、気づいてはいけない感情に気づいてしまった。
本当に、今更。

「ジェネシス、当分はゆっくりと休め。これは命令だ」
「何を馬鹿な……」
「傷も完治していないやつをミッションに連れてはいけない。ちゃんと療養して」
「こんな傷……!」
「次、お前に渡されるミッションは多分長期だ」
「なに?」
「ウータイのほうで戦禍が広がっている。セフィロスが出向けばこっちが手薄になるのをプレジデントが嫌って多分私たちの誰か……あるいは三人で行くかもしれない。あとザックスの1st試験も兼ねてな。だからそれまでに完治して万全の状態にしておいて」
「……わかった」

ジェネシスが渋々といったていで頷くとサラサがふっと小さく笑った。

「元気そうでよかった。5日も目が覚めないと報告を受けた時は焦ったよ」
「オレもそれほど長く寝たのは初めてだ」
「退院したら快気祝いをしよう。皆でいつもの食事会だ」
「フルコースを頼む」
「ああ。だから早く治せ」
「わかっている。ところでお前は時間いいのか?」
「今日はフリーだから時間には余裕がある」
「書類は?」
「セフィロスに押し付けた。というよりはラザードがそうしろと」
「統括殿はどうあってもセフィロスを椅子に縛っておきたいらしいな」
「そのようだ」

実際セフィロスにそうまでして仕事を押し付ける権限はラザードにもないのだが今回は怒り心頭らしい。サラサも珍しくラザードの背後に鬼を見た。貴重な戦力に怪我をさせ、トレーニングルームを使用不可にしたことを思えばそれでも軽いほうだが。

「今頃泣いてるぞ」

クツクツとサラサが笑う。
ミッション帰り書類と始末書の山に囲まれたセフィロスを思い浮かべてジェネシスも口端に笑みを浮かべた。

「お前にも始末書があるからな」
「オレにもあるのか?」
「当然だろう。連帯責任だ。後で取りに来るから書いておけよ」
「……仕方ない」

渡された書類を渋々受け取ったジェネシスは近くのテーブルに放り投げた。

「で、これからどうするんだ?」
「特に予定はないぞ。お前の見舞いくらいだったからな」
「ならLOVELESSを読んでくれ」
「こんな時でも? たまには違うの読んだら?」
「LOVELESSがいい」
「はいはいわかりましたよ」

そう言ってサラサは優雅に足を組みかえる。そして双方を伏せると滔々と淀みなくその涼やかな音色で第一楽章の始まりを紡いだ。
ジェネシスもそっと目を伏せる。
夢のなかと同じようで違う。
それは女神が微笑んだ人間が違うからか。
ジェネシスにはわからなかった。




その日の夜。
ジェネシスの元に1人の科学者がやってきた。無精髭を生やした胡散臭そうな男である。胡乱げに見上げるジェネシスに男はホランダーと名乗った。
そして。

「君の細胞の劣化が始まっている」

ジェネシスの始末書を書く手が止まった。
男から紡がれる言葉の数々にジェネシスは。








破滅への火蓋が切って落とされたことを今は誰も知らない。
知る由もなかった。







end
原作突入の始まり。何度プレイしても泣ける……
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