連載2

□最果てへ
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その日は朝から雲行きが怪しかった。風はどことなく雨の匂いを孕んでいて、いつもならピーチクパーチク騒がしい小鳥たちの姿も見当たらない。昼が過ぎ、夕方になって遠くから微かに雷鳴が聞こえてきて、リズは「やっぱりか」と思った。
磨かれた窓にポツポツと当たる雫。空はいつの間にか鈍色の分厚い雲に覆われており、堰を切ったかのように激しい音をたてて雨が降り始める。こんな日は早く店仕舞いをしてしまいたいが、あいにくと決めるのは父親で、しかもこういう雨の日は馴染みの客が仕事を切り上げて早々にやってくるから思うだけ無駄である。
リズが二階から一階の食堂へ降りたときすでに馴染みの客の半数が集まっていた。

「リズ! 早く灯りつけて!」
「はいはい」

双子の弟モーリスに急かされるまま、リズはランプに火を灯した。食堂が仄かな灯りで満たされていく。リズの住む地域はいまだ神羅の開発が及ばない未開の地だ。なので電気というものには馴染みがない。
リズの家は食堂兼民宿を営んでいる。朝から昼にかけては食事を提供し、夜はこじんまりとしたバーになる。家族経営なので従業員はリズに弟、そして両親だ。
カランカランとベルがなった。
お客がやってきた合図である。

「いらっしゃいま……せ、」

振り返ったリズは、ベルのついたドアを押し開けた人物に息をのんだ。ここ数年、こ食堂兼民宿には馴染みの客しかこなかった。なんたってこんな辺境の地に旅人なんて来ないからである。それなのに、今日数年ぶりに訪れたなじみ客以外のその客人は、大層美しく、また息を飲むほどに圧倒的な存在感と凛とした空気をまとっていた。そう、思わずピン、と背筋を正してしまうほどに。

「二人、食事と宿をとりたいんだが空いてるだろうか」

澄んだ美しい声は、室内によく響いた。きっとその人の持つ覇気がそうさせるのだろう。
店内の客たちが振り返っては息をのみ、呆然とした者は手からグラスを滑らせる。嘘だろ、という呟きはしっかりとリズの耳にも届いていた。リズだって、正気に戻って言いたかった。
どうしてここに、神羅の英雄と女帝がいるのか、と。
その姿はメディアで見るものと違う衣服に包まれ、濡れ鼠のようではあるが、見間違えることなど決してない神々しさを放っている。
雑誌で見るよりも本人のほうが何百倍も美しい。
リズはそう思った。


















二人の客人は、銀髪長身の美男子はセスと名乗り、華奢でありながらスタイル抜群の美女はローズと名乗った。
セスはどう考えても『セフィロス』の最初と最後の文字からとったのだろう。ローズと名乗った女帝サラサは、薔薇が好きだとプロフィールにあったから、それからとったのかもしれない。どちらにしろ偽名である。その容姿からすぐに身元なんて割れてしまうだろうに偽名を使うのは、最初から隠すつもりなんてないのか、それとも他人の空似で押し通すつもりなのか。あるいは神羅の手の及ばぬ辺境の地に彼らを知る人間はいないとたかを括っているのか。後者であればすごく悲しい話だ。リズは神羅の英雄ーーとりわけ女帝サラサの大ファンである。ミッドガルから遠いこの地に彼らの情報は極々たまにしか入ってこないけれど、それでも数年前に手に入れた『1stソルジャーカルテットコンプリート』はリズの大切な宝物である。その雑誌には彼らの好きな物から嫌いな物、休日の過ごし方まで載っていたし、何より彼らの写真が沢山掲載されていたのである。なかでも女帝はプチファッション企画がなされたらしく普段ではお目にかかれない衣装での写真も載っていて、リズは毎夜飽きずにうっとりとそれを眺めては弟にドン引きされるくらいに女帝に心酔していた。一時期本気でミッドガルに行き、神羅に入社しようと思っていたくらいである。それこそ年頃の少年たちが英雄に憧れソルジャーに志願するように、リズもまたそうであった。結局は両親、弟に泣きつかれ、夢のまま散ってしまったのだけれど。
リズの視線の先には部屋に荷物を置き、シャワーを浴びて、今は英雄と向かいあって酒を飲んでいる憧れの人がいる。リズがそうであるように、店の客は誰しもが固唾を飲んで、降って湧いた非日常を注目していた。言葉はなく、ただ手元にある酒をもくもくと飲んでいる。
そのせいもあって、英雄と女帝の会話は店内に静かに響いている。
リズ、と名を呼ばれて、彼女は振り返った。
カウンターには出来上がった料理が並べられていて、空腹を誘う香ばしい匂いが漂っていた。弟に行ってきて! と拝まれた。配膳は手が空いているほうの仕事だ。彼らが入ってきてから厨房に引っ込んだ臆病な弟にリズはため息をついて料理を運んだ。あわよくば女帝とお近づきになれたら、という打算もある。

「失礼します。お料理をお持ちしました」
「ありがとう」

にっこりと微笑んだローズもとい女帝サラサは、酒が入ったせいか、頬が赤く染まり、シャワー上がりだということもあって、なかなかどうして色っぽい。思わず息を飲んで凝視すれば、何か? と首を傾げられ、リズは慌てて首を振った。
テーブルの上に本日のおすすめメニューを二品。一品目は魚の香草焼き。そしてもう一品は肉と野菜のパイ包である。それを四人前。単純計算で二人前ずつなのか、三対一の割合で食べるのか。どちらにしろソルジャー大食漢らしい。籠に山盛りにもったパンもすでに空っぽだ。

「パンのおかわりをお持ちしましょうか?」

おそるおそる声をかけると「頼む」との返事がある。言ったのは今はセスと名乗る男のほうだった。女帝のほうからはビールのおかわりを頂いた。

「おいしそうだね。すごくいい匂い」
「そうだな」
「一日中走ったし、足りないかもね。セス、大丈夫?」
「足りなかったらまた頼む」
「ん。でもあんまり飲んじゃだめだよ?」
「そういうお前だってもう三杯目じゃないか」
「今からペースを落とすもん」

小さく笑った女神ーーもとい女帝に目を奪われる。男もそれにつられて目元を和らげた。
もしかして自分は、とても貴重なワンシーンを見てしまったのではなかろうか。笑った写真が一枚もないという英雄の、微笑。女帝のほうも、作った笑顔ではなく、あれはきっと素の笑顔だ。
ふぁぁぁぁぁぁ!! 叫びたい。むしろ今すぐベッドにいってゴロゴロしたい。まくらを抱えて悶絶したい。籠とジョッキを持つ手がプルプルと震えた。緊張でもなく興奮で。
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