連載2

□縁とは奇妙なものなりて
1ページ/1ページ

目もくらむほどの激しい光が立ち昇る。その光の中で『それ』が離れていくのを見た。
サラサは咄嗟に手を伸ばす。彼も手を伸ばした。
開いた唇は何を紡ごうとしたのか。けれど何も言葉に出来ずそれどころか音の一つすら発することは出来なかった。
意識が遠のく。
遠く遠く、とおくーー……。

ーーいけない。

それが堕ちていく意識の中でサラサの脳裏を過った最後の言葉だった。




















彼は目を覚ました瞬間、その場に跳ね起きた。無防備に寝ていられるほど彼は聖人君子のような生き方をしてきたわけではない。戦場に降り立ち握る刀を人の血で濡らし、無数に築き上げられた屍の上を歩いてきたのだ。人の恨みを買う職業柄、彼はどんな時でも常に気を張って生きてきた。それが生きることに繋がるからだ。そうでなければ当の昔に寝込みを襲われ殺されている。それくらい神羅の英雄は人から恨みを買っているのだ。故に体に染み付いた習慣が、条件反射のように彼にそれをさせた。
握る正宗に力を込め、周囲を見渡してため息をつく。人の気配もなく、敵に囲まれていることもなかった。静かな森の中に彼はいた。その傍らには親友の教え子が横になっている。セフィロスのピリピリとした緊張感にすら気付かないという体たらくで、気を失っていた。
己の反対側には、愛しい少女の姿はなく、それが彼を不安にさせる。
どう見ても神羅ビルの屋上には見えない場所で、一分ほど前までは確かにいた親友たちと恋人は、だけれどそこにはおらずセフィロスとザックスの二人きりだ。彼らの実力は知っているし、恋人に至っては自分と同等かそれ以上の実力を持っているのだ。そうそう簡単にやられはしないだろうけれど、如何せん不確定要素が多すぎる。
一体ここはどこなのだろうかーー……。
それを知るためにもまずはザックスを蹴り起こした。文字通り、彼の無防備な脇腹を蹴ったのである。人にやる所業じゃないって? 彼は人間ではなく仔犬だから構わないのである。

「いってぇ……!?」

刹那彼はすぐに飛び起きた。
きょろきょろと辺りを見渡し、すぐ近くに立つセフィロスを見上げ、ここどこ? と首を傾げる。それにセフィロスはさあなと短く返した。

「アンジールたちは?」
「いない。すぐに探しにいく。さっさと立て」
「はいはいっと。……うわ、」

べしゃり。
立ち上がった彼はすぐに地面に突っ伏した。

「どうした?」
「立てない。力がでねぇ……」
「何だと?」
「うへぇ、さっきまで気づかなかったけどヤベェかも」
「魔力切れか」

突っ伏したまま動かないザックスの症状を見てとって、セフィロスは自身の道具袋に手をかける。中にはエーテルもポーションもその他ミッションに必要なのが入っている。その中からエーテルを取り出そうとして。だけれど感じた殺気に道具袋よりもザックスを担ぎ上げた。

「うわ! ちょ……!?」
「黙ってろ。囲まれた」
「げ! 敵か?」
「だろうな。見たことのない生物だがな」

現れたのは、銀色の結晶で出来た精巧な人形のように見えた。人の形をしていたからだ。動きも人のそれだが、セフィロスにはそれが知的生命体のようには思えなかった。
その得体の知れない銀色のそれらを敵と判断したセフィロスのその後は素早かった。ザックスを抱えたまま正宗を振り回し退路を作ると走り出す。戦うことを選ぶことも出来たが現状動けないザックスを守りながら戦うことも出来たが彼らの能力が未知数である以上、巻き込むことは必須で足手まといでしかない。なればこそセフィロスは逃げの一手を選んだ。彼は仲間を決して見捨てたりはしない。ザックスを安全圏に起き、引き返して戦うことこそが現状における最良だった。
ザックスは自身が足を引っ張っていると自覚しているからこそ、大人しくされるがままになっていたが。

「すまねぇ……大将……」
「黙っていろ。舌を噛むぞ」

いつもの姦しさは成りを潜め、謝罪する声は小さく震えた。サラサの言ったとおりだった。自身では扱いきれないマテリアを使った反動でガス欠を起こすなんて、大丈夫だと粋がっただけに情けなく、それどころか足手まといになってしまった状況に不甲斐なさと憤りすら覚える。せめて自分で立って走ることさえ出来れば足手まといにならずにすんだのにーー……。

「悔しかったら強くなれ」
「……イエッサー」

見捨てないでくれたセフィロスに救われた。彼とはアンジールを通してでしか接点がないが、彼は噂に違わぬ英雄だった。
得体の知れない敵は、数を増やしセフィロスのあとを追ってきていた。ちっと小さく舌打ちをすればザックスが震える。別にザックスに対してではないのだが、それを言う時間も惜しい。
森を抜ける。白銀の道が広がっていた。空は青白く星が浮かび、どこか清浄な空気が流れている。セフィロスが道なりに走ると、前方に人の姿を見つけた。

「人間……?」

銀色一色ではない。色のついた人の形をし、話をしている。三人組だった。彼らがこちらに気付き、すぐさま瞠目した。

「セフィロス……?」

金髪の男が小さく呟いた声をセフィロスは聞き逃さなかった。彼が自分たちを見る目は知っているもののそれで、セフィロスもまたその目を知っていた。
空のように澄んだ青。瞳孔が縦長に走る、ソルジャーの瞳。自分たちと同じ、同類であり、仲間である人間の、それ。
ソルジャーの結束は固い。たとえ階級が違っても、自分たちは選ばれた仲間であると同時に、選ばれなかった人間には決して作ることの出来ないソルジャーというだけで生まれる無条件の信頼がある。
たとえ人となりも性格もわからずとも、ソルジャー独特のその瞳を持っているだけで、仲間なのだと、信頼するに値した。
だから。
『自分を視界に入れたから』だとは露とも気付かず『後ろから迫り来るもの』を認めて剣を握ろうとした金色の男の間合いに入り、ザックスを託した。

「こいつを頼む」
「は……?」

彼が戸惑うのも仕方のないことだった。一方的に押し付けられた男を彼が受け取ったのを見て、セフィロスは踵を返す。
そして迫り来る敵に向かって正宗を振り上げた。






彼が、セフィロスが来た。
それだけで緊張が走ったのはいうまでもないだろう。背後にイミテーションを引き連れてきたのは意外といえば意外であるが、自分と二人で戦いたくて、ジタンとティーダに差し向けるために連れてきたと考えればある意味納得がいく。
各々武器を構えるなかで、だけれど男はさして気にした風もなく、クラウドに一人の黒髪の青年を託した。
咄嗟に受け取ってしまえば彼は満足したように笑みを浮かべて踵を返し、イミテーションの群れに突っ込んでいった。

「は……?」
「なんであいつが?」
「なんかの罠っスかね?」
「あの〜どこのどなたか知りませんが俺ら決して怪しいもんじゃなくてだな……」

託された男が放った言葉ーーそれよりもその声にクラウドは心臓を掴まれたような気がした。

「ザックス……?」

呆然と見下ろせば半ば地面に座り込む形で俯いていた男が顔を上げる。青く魔晄に染められたソルジャーの瞳を持つ、黒髪の青年を確かにクラウドは知っていたーークラウドが生きた証だと言った、命の恩人だった。

「誰?」
「……え?」
「えーと、わりぃ、おれ、今ちょっとガス欠で……魔力不足ってやつ……? 頭まわんねぇんだわ。目もあんま見えてなくて……名前教えてくんね?」
「クラウド……クラウド・ストライフ」
「わりぃ、聞いたことねぇ名前だ。でもその服ソルジャーのだろ? 3rdの新入りか……?」
「ザックス、あんたは、」
「あんたが俺をしってるなら丁度いいや。大将のことも、知ってるだろ? いきなり悪いな。俺らもちょっといきなりすぎてついていけない。でもほんとに、あんたらに危害は加えたりしねぇって約束する……」
「クラウド、知り合いっスか?」
「いや、その前にセフィロスどうすんだよ」
「あいつは最強だから……ほっといても、ひとりで殲滅出来っから」
「いや、そりゃあ見ればわかるけどよ」

視線の先では烈火の如く戦うセフィロスが着実に確実に敵の数を減らしていく。イミテーションもセフィロスを敵と認識し、攻撃を繰り出していた。
イミテーションはカオスより生まれたものだ。カオスの軍勢は攻撃対象に含まれず、ならばセフィロスを攻撃するのはおかしいことである。

ーーあのセフィロスは、なんだ……?

ザックスを頼むと言った。浮かべた笑みは憎悪ではなかった。その表情は、その言葉は。

「強ぇー」

あっという間にイミテーションの軍勢を蹴散らして、正宗を払ったセフィロスはすぐにこちらに戻ってきた。
ピリピリとした緊張が走る中でセフィロスは道具袋からエーテルを取り出すとザックスの頭にふりかけた。

「すんません大将……」
「殊勝なお前は気持ち悪い。早くいつもの調子を取り戻すんだな」
「ひでぇ!」
「もう一本いっとくか」
「いや、もう大丈夫っ! 目眩治っーーぶへっ!?」

問答無用でザックスの頭に二本目のエーテルをぶっかけて。セフィロスはクラウドに向き直る。

「突然すまなかったな」

ーー天変地異の前触れかもしれなかった。

















「えーと、つまりあんたらは神羅カンパニーってとこからマテリアを使ってこの星にやってきて、本当は5人いるけど目が覚めたら他の3人とはぐれてバラバラで、ザックスが魔力切れして動けないところにイミテーションが現れて逃げてきた……ってことでいいんスよね?」
「その通りだ。あれはイミテーションというのか?」
「そうッス。カオスの差し金。俺らの敵。んでザックスとクラウドは親友だけど、ザックスがクラウドを知らないことから、過去のクラウドの世界からやってきたセフィロスとザックスで、いいんスよ……ね?」
「それでいいはずだ。オレもクラウド・ストライフというソルジャーは知らないし、彼の親友が1stのザックスだったというのであれば、やはり自分たちは彼にとって過去の人間だ。ザックスが1stに昇格する予定もない」

セフィロスによってさらりと告げられた言葉にザックスが大袈裟に肩を落として項垂れる。

「ザックスも言ったがオレたちはお前たちに危害を加えるつもりはない。だからこの世界について教えてくれないか?」
「ちょっと待ってくれ。集合ー」

パンパンと手を鳴らし、その掛け声で、セフィロスとザックスを残し、クラウドとティーダはジタンのもとに集まった。少し遠くへ離れ、三人で円を作る。ひそり、と小さく落とされた声はソルジャーの並外れた聴覚を危惧してのことだ。

「どう思う?」
「うーん、オレは本当のこと言ってると思うんスけどねー」
「クラウドは?」
「多分まだ狂ってないころの、英雄セフィロスだと思う。一人称が”オレ”だし、禍々しいオーラを感じない」
「だけどなんか胡散臭いんだよなー」
「ジタンはそう思うのか?」
「確証はないけどな。でも罠にしては妙な気もする」
「ザックスのほうはどうなんだ?」
「あいつは……カオス側につく人間じゃない」
「ま、確かにカオスにはいなさそうなタイプだよな」

というジタンの言は復活してからのザックスの一挙一動を観察して紡がれた感想である。

「信じてもいいんスかね?」
「それは早計すぎるだろ。半々ってとこだな」
「半々?」
「英雄セフィロスのふりをしたカオス側のセフィロスが、ザックスを使ってのクラウドへの精神攻撃。なおザックスは騙されている」
「まさか……いや、ありとあらゆる可能性を考慮すべきかもしれない。最悪ザックスも敵で……」
「でもクラウドの親友なんだろ? だったら簡単にそんなこと言っちゃ駄目ッス」
「……そうだな、」

ちらり、と取り残された二人をみやれば、ザックスは「マテリアがない!」と騒ぎ、そんなザックスをセフィロスは呆れた面持ちで見てため息をついている。カオス側のセフィロスに、あのような豊かな表情ができるだろうか。それともそれらが全て演技だというのだろうか。誰にも判断がつかなかった。

「これはウォーリアに断じてもらうべきだよな、多分」
「幸いこっからコスモスの聖域まで近いッスからね。クラウドもそれでいいッスか?」
「構わない。俺にはまだ、判断要素が少なすぎる」
「じゃあ連中をコスモスの聖域まで連れてくってことで」

今だギャーギャーと姦しく騒ぎ立てるザックスと、そんな彼を放置して、辺りを見渡しているセフィロスに、三人は揃ってため息をついたのだった。
余計なものを拾ってしまった。
三人の心情は同じだった。








縁とは奇妙なものなりて



next
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ