連載2

□最果ての地にて
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星が美しい夜だった。
墨を零したかのような漆黒の空には、幾億の星が燦然と、まるで宝石のように輝いている。血を零したかのような輝きを放つ星もあればライフストリームを凝縮したかのような色もある。
ぐるりと辺りを見渡しても何もなく、ただただ闇が広がるばかりの草原に、けれど一箇所だけ、焚き火が放つ赤色があって。それは星の輝きを邪魔するには至らない小さな明かりだった。
耳をすませば、聞こえてくるのは虫の奏でる合唱で、都会のような喧噪はない。鼻を掠めるのは夏風にのった花の香りだ。きっと昼に見た、大きな木に咲く白い花の群生が放つ香だろう。花の名前をサラサは知らないけれど、甘っとろいその香りは夏の終わりを惜しむような、そんな寂寞の想いを抱かせる。

「夜風は冷える。体に触るぞ」

二人はゆうに入れるテントからのっそりと出てきたセフィロスはサラサの肩に毛布をかけた。サラサは首元で裾を合わせ顔を埋める。毛布からは夏草の香りがした。一昨日に原っぱに敷いたせいだ。

「ありがと」
「何か飲むか?」
「うん。作ってくれるの?」
「ああ」
「じゃあココア」
「そんなものはない」
「ふふ、知ってる。いつもので」

いつもの。それは兵士御用達しの携帯スープである。形状は長方形の固形をしており、カップに湯を入れたらそれをいれてくるくると回せば簡単に溶け、かつ均等に混ざるというスプーン要らずのものだ。しかも固形だからこそ粉末では維持出来ない高カロリーを保持することができるというソルジャーにとってはとてもありがたいものだ。それにソルジャー専用携帯食料と違って、スープはとても美味しい。冷めれば飲めたものじゃないけれど。
セフィロスは火にかけておいた銀色の薬缶を取り上げ二つのカップにお湯を注ぐと、固形スープの封を破り、中身を湯に溶かした。その慣れた手つきにサラサはセフィロスの横に座ってカップを受け取り、慣れてるね、と言った。セフィロスの壊滅的な台所事情を知っているサラサとしては、その手馴れた作業は感心に値した。

「これぐらいはな」
「セフィロスは自分でやらないものだと思っていたよ」
「昔、」
「うん?」
「戦場に出向く度に、宝条に言い聞かされた。他の連中を信じるな、自分の口に入れるものは自分で用意しろ。それ以外は口にするな。みな、毒が入っているものと思え、とな」
「それは、」
「ソルジャー部隊ができる前のことだ。だからこれくらいは出来るさ」

スープは自分で作ったし、糧食部隊が用意した簡単な料理は一度も口にしなかった。いつもいつも美味しくないカロリーだけはある携帯食料を一人で食べ、スープを啜った。
セフィロスが戦場に初めて降り立ったのは、神羅とウータイとの間でもっとも激しく、かつ泥沼化し
ていた時だったとサラサは聞いている。まだ神羅は軍事産業に主力を注いでおらず、ウータイもまだ最盛期であった頃だ。
力は拮抗し、戦況はどちらに転がるでもなく膠着していた頃。
そこに投下された、たった一人の少年がその膠着状態をぶち壊した。
大の大人がどうにも出来ず悪戯に命を失うなか、少年は一人戦場を駆け剣を振るう。彼によって神羅が優位に立ち、ウータイは膝をついた。
彼は。
たった一人、天幕の中で何を思っただろう。ともに食事を囲む仲間も無く、周りは敵だと言われ、味方のはずの大人は、少年の持つ巨大な力に恐れ慄き遠巻きにする。

ーーそれはなんと、寂しく悲しいことだろう。

サラサにもその経験があったからこそ、少年の心をそのままそっくり読み取ることができた。
仲間から化け物と呼ばれるのは辛いことだ。仲間のために命をかけて、剣をふるっているのに。

「そっか」

静かに語られたセフィロスの昔話にサラサは相槌を打つことしか出来なかった。ここにいるのはセフィロスであって、戦場にたった一人きりでいた少年ではない。今の彼には仲間がいる。彼を支えるソルジャーという仲間が。
サラサはスープを口にして、口元に小さく笑みを浮かべた。

「おいしいよ」
「誰が作っても一緒だろう」
「そんなことはない。好きな人が作ってくれるものはなんだって格別だ」
「……そういうものか」
「そういうものだよ」
「ならば次はお前が作ってくれ。きっと飛び切り美味しいはずだ」
「喜んで」

セフィロスの二杯目のスープはサラサが作った。
丁寧に、丁寧に。
美味しくなれと願いながら。
温かな湯気の立つカップをセフィロスに手渡して。彼はスープを口に運ぶ。

「美味いな」

ほぅ、とため息とともにそういって目を細めた彼の表情は嬉しそうで。どこか切なくも見えるその横顔を、胸を打たれる思いで不躾にならない程度に見つめたサラサは静かに彼の作ってくれたスープをちびちびと口に運んだ。
どれくらい時間が経っただろうか。
会話もなく、茫洋とここではないどこかを眺めながらスープを啜る。会話のない空間は、だけれど不思議なことに居心地がいい。
時計や携帯電話の類いを全ておいてきたので、時間はわからない。きっと寮に置きっ放しの携帯電話はひっきりなしに音楽を奏でているだろう。誰にも気付かれず。
サラサはカップを地において、こてりとセフィロスの肩に凭れかかった。

「寝るか?」
「ううん。もう少し、こうしていたい」

目を閉じる。セフィロスの体温が心地よかった。

「静かだね」
「最期には良い場所だ」
「うん」
「みんな、心配してるかな?」
「仕事のほうの心配ならな」
「それは酷いや」
「置き手紙一つで出てきたんだ。さぞ恨まれるだろう」
「だって言ったら監禁されるじゃん。セフィロスとも引き離される」
「それは困るな」
「ん」

名を呼ばれ、サラサは顔を上げる。降ってきたのは、彼の唇だった。形の良い柔らかなそれを己の唇で受け止める。
はじめは触れるだけのそれはやがて深いものに変わった。互いの全てを奪い合うかのような激しさを増し、呼吸をも奪う。

「セフィ、……ッ」
「もっとだ」
「ん、は……」

二人きりの世界。宝石と闇に包まれた二人だけの楽園。
最果て。
辺境の地。
誰もこない場所。
最期を迎えるにはとても素敵な場所だ。
不意に、セフィロスのしなやかな指先が、サラサの装飾の施された上着のボタンへと伸びる。

「外で、するの……?」
「嫌か?」
「……恥ずかしい」
「どうせ誰もこないさ」
「あ、」

ふわりとした動作で押し倒され、サラサの体は草花に受け止められる。セフィロスの手は止まることを知らずひとつ、ふたつ、とまるで焦らすようにボタンを外していった。

「セフィロス」
「オレしか見る者はいない」
「ん……」

頬が赤いのは決して炎に照らされているからだけではないはずだ。野外という初めてのシチュエーションにドキドキと高鳴る胸はきっと羞恥のせいだろう。
ボタンが全て外され、中のインナーに手をかけられる。
そこへーー……。
バラバラバラバラ!
聞き慣れた、けたたましい音が夜空に響き渡った。上空からサーチライトで照らされて二人は眩しさに目を細める。

『そこまでだ! そこの二人! 絶対にそこを動くなよ!!』

上空から響いた声は知り合いのもので。
夜空を縫うようにやってきたのは『神羅』と機体に書かれた大型ヘリだった。車両をも運べるという大型ヘリは二人の上空でホバリングしたまま下りてこず、代わりに開いたドアから男が飛び降りてきた。

「見つかったね」
「ああ。口うるさいのが来たな」
「逃げる?」
「無理だろうな」
「残念」

最後に一回、とセフィロスから触れるだけのキスを奪って、サラサはボタンを掛け直した。

「それで? どういうつもりか教えてもらおうか? 二人とも」

般若を背後に引き連れ二人の前にやってきたのはアンジール・ヒューレーその人だった。腰に手をあて仁王立ちする姿は正に鬼……いや、10日前に『駆け落ちします探さないでください』と書き置きひとつで神羅ビルより失踪し行方知れずだった二人を心配するあまりに鬼にならざるを得なかった親友である。決して、二人の捜索を彼一人に押し付けられたからという理由で鬼になったわけではない。……多分。

「見逃してくれないか、アンジール」
「そういうわけにはいかない。何故こんな真似をした? 自分たちが何をしたかわかっているのか?」
「わかっている。駆け落ちだ。サラサと二人、最果てを目指した」
「ここが最果ての地だと?」
「美しい場所でしょ? 静かで、星も見え、木々に囲まれている絶好の穴場だ。もう少し奥にいけば綺麗な泉があるんだよ」
「そうだな。星は綺麗だし騒音も無く空気は美味い。良い場所だ」
「安らかに眠るには丁度いい場所だ」
「……ここで何をするつもりだった?」
「野暮なことは聞くな、アンジール」

セフィロスの言に、アンジールは深く深く、それこそ深海の底よりも深いため息をついた。

「何故駆け落ちなんて真似を? 誰もお前たちの交際を認めていないわけではないだろう?」

サラサはぎゅ、とセフィロスの服を掴む。セフィロスはサラサの不安を少しでも払拭出来るようにと、その両腕に少女を閉じ込め抱きしめた。
それは引き離されまいと、絶対に離れないと言葉なくして語る二人の姿。ともすれば今ここで死に果てるも本望と、二人の顔が雄弁に語っている。
もしや自分の知らないところで、何かしらの圧力がかけられたのか。彼らを取り巻く環境を気づくことが出来なかったアンジールは知らず拳を握りしめる。
二人はアイコンタクトを交わすと、ややあってからサラサが決意した表情でアンジールを見上げた。

「あのね、アンジール」
「なんだ? まさか社長か!?」
「「仕事したくない」」
「死に追い詰められた顔をして何を言うかと思えば言うにことかいてそれか貴様ら!」
「毎日毎日書類の山と戦って、それが終われば今度はミッションだ。非番も緊急ミッションで潰れ休む暇もない」
「私たちもう2ヶ月もビルにいるのに仕事に追われてばかりで休む暇もなく働いたんだぞ! それなのにセフィロスとの過ごす時間が合計2時間ておかしいと思うんだ」
「まるで謀ったかのようなきな臭さを感じないか?」
「だから駆け落ちしただと?」
「それしか時間がとれないならそうするしかないだろ?」
「久しぶりの休暇は楽しかったぞ」
「そのかわり俺の休暇がまるっと潰れたがな?」
「多少の犠牲は仕方ない」
「おい」

やれやれ、といったていで紡がれたそれにアンジールがすかさずツッコミをいれるがセフィロスはどこ吹く風のように飄々としている。

「とにかくお前たちの茶番はわかった。問答無用でビルに連れて帰る」
「ひどーい」
「裏切り者め」
「何がひどいだ裏切り者だ! そもそもお前たちが抜けたせいでその補填に回された俺はどうなる? その言葉そっくりそのまま返してやる。ミッションから帰って統括に泣きつかれた俺の身にもなってみろ!」
「たまにはいいじゃないか」
「たまに? たまにだと!? いつもの間違いだろうが!!」

がっしりとサラサとセフィロスの襟首を掴んだアンジールは二人をずりずりと引きずり着陸したヘリの中に投げ入れた。入れ違いにヘリから降りたアンジールの部下たちは、二人が作ったテントや乗ってきたバイクの回収にあたる。

「扱いが雑だな」
「ね」

火を消したり物を仕舞ったりと忙しなく駆け回る部下たちを尻目に二人は言葉を交わす。二人は怒髪天をついたアンジールの手によって逃げ出せないようにロープでグルグル巻きにされており、動ける状態ではなかった。
やがて全ての荷の回収が終わって部下たちも乗り込み、アンジールが声をあげた。

「出してくれ」
「イエッサー」
「二人とも、帰ったら説教だ!」

そうしてヘリは回収された二人と駆け落ちの際神羅より拝借された物品を乗せ、最果てとも呼べる地からミッドガルへと向けて飛び立ったのだった。







end
 

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