連載2

□世界の終わりへ行き着くまでに
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戦争は終わった。
粛々と、淡々と、坦々と。
ウータイは降伏し、神羅に楯突く存在は反神羅組織を除いて地上からいなくなったといってもいい。戦争終結の貢献はやはりセフィロスだった。サラサもジェネシスも奮闘したが、あと一歩のところで帰還命令が下り、代わりにセフィロスが投下されたのだ。その中でアンジールの所の子犬も目覚ましい活躍があったことは一応明記しておこう。
結局。どうあってもジェネシスは英雄になる道を閉ざされた。それはかつてサラサが神羅ビルに長期滞在出来なかったことと同様に社長の意向によるところが大きい。つまるところ英雄は二人もいらないということだ。
そうして帰還を余儀無くされた二人はセフィロスたちと入れ替わるように本社に戻り、打ち合わせておいた理由で統括による説教を回避し、戦争終結前にホランダーを捕獲した。
もとよりホランダーは研究畑の人間である。戦闘職種のサラサの手にかかれば造作もなく、拷問その他諸々により呆気なく陥落した。
彼はまだ死んではいない。だがそれに近しい所にある。吐くことは全て吐かせたので用済みとなった存在だが、生かすも殺すもサラサ次第だ。
科研は彼の失踪を騒ぐかとも思えたが、もともと宝条との局長争いで敗れた人間であり、神羅に飼い殺しにされていただけあって宝条は勿論、宝条の部下たちも何一つ騒がなかった。かわりにタークスが彼の失踪について極秘裏に動き出したらしいが、そのあたりでヘマをするサラサではない。幾重にも策は講じてあった。
戦争が終わり、ミッドガルはパレード一色だ。色とりどりの旗が飾られ花びらが舞い、夜は花火が打ち上げられている。明日のセフィロスの帰還に伴ってパレードは益々賑わいを見せるだろう。
民衆は戦争に勝ったことしかーー取り分け英雄の活躍にしか興味がない。その裏でどれだけの犠牲があったとしても、彼らには関係ないことなのだ。
開け放した窓から聞こえてくる音楽に、サラサはひっそりとため息をついた。

「どうした?」
「いや、少し目が疲れただけだ」
「休んだらどうだ?」
「そうだな。そうするか」

資料から顔をあげて、サラサは目頭を指で解した。
机の上に積まれた資料の束は神羅から脱走しようとしたホランダーが一緒に盗み出そうとかき集めたものだ。それをサラサがありがたく横領した。全てコピーを取り、本物はそれとなく返したので一時的な資料の紛失もばれていないはずだ。そうでなければ今頃騒ぎになっていてもおかしくはない。ーーいや、戦争を勝利で収め、神羅はビル全体が浮足だっている。気づいても気づかないふりをしているのかもしれない。そのほうがサラサには都合がいいのだが。

「今神羅を攻撃したら簡単に崩れるだろうな」

ワイングラスを片手に窓の外を眺めるジェネシスは憂い顔でそう言った。
サラサが現在いるマンションからは、サーチライトで照らされた神羅ビルが見えていた。隠れ家の一つでもあるそこは、もう一つのマンションとは別の名義で借りている。神羅も把握はしていない住処だ。ここに人を呼ぶのはジェネシスが初めてである。

「お祭り騒ぎで連中の頭は湧いているからな。呆気ないだろうよ」
「ふん……」
「壊すとなれば名残りおしいか?」
「まさか。……明日、セフィロスが帰ってくるんだろう?」
「ああ、アンジールもな」
「二人きりは今日までか」
「そっちは名残りおしいのか?」
「当然だ」

憮然として言い放ったジェネシスにサラサは苦笑を浮かべて立ち上がった。彼の手を引き共にソファーに腰かける。
すぐさまサラサの腰にジェネシスの手が回って押し倒された。

「重い」
「少しくらい我慢しろ」
「……ジェネシス、傷は?」
「だいぶいい。それにこうしていると細胞が癒されているような気がする」
「それは気のせいだと思うけどな」

言いながらもサラサはジェネシスの背に腕を回して、ぽんぽんと宥めるようにあやすように数回優しく叩いた。
ジェネシスの肩の傷は、サラサの回復魔法を持ってしても完治するには至らなかった。治ったと思ってもじわじわと傷口が開いてくるのだ。常にケアルをかけなければならない状態にあって、魔力が勿体無いと言った彼は魔法による治療を諦めたようで、毎朝ケアルをかけた後は包帯で傷口を押さえるだけにしている。
細胞の劣化。
きっとそれこそが、完治出来ない所以なのだろう。
サラサは服の上からジェネシスの肩の傷に手を当ててケアルガをかけた。

「無駄なことを」
「私がしたいだけだ」
「そうか……」

幸いにして、サラサの魔力は底が見えないと言わしめるほど強大である。一度ガ級の魔法を使ったところで削られるのは氷山の一角に過ぎないのだ。

「明日、あの人が帰ってきたら少し時間を頂戴。私が話す」
「アンジールには俺から話してもいいか?」
「いいけど……大丈夫?」
「ああ。幼馴染には自分の口から告げたい」
「……うん。任せるよ。ちゃんと納得するまで話すんだよ」
「わかってるさ」
「どうだか」
「サラサ」
「んー?」
「キスしていいか?」
「断らなくてもいいぞ?」

どうぞお好きに、と言わんばかりに目を瞑れば、柔らかな感触が降ってきた。彼との始めてのキスと違って、唇は温かく、確かに生きているのだと実感させてくれる。
触れるだけの啄ばむようなキスを繰り返し、やがて舌を絡める激しいものへと変わった。
ぴちゃぴちゃとイヤラシイ水音が聴覚を刺激する。
一妻多夫制へのセフィロスに同意の無いまま、こうして唇を重ねるのはセフィロスに対する裏切りだろう。過るのは背徳感と、一握りの興奮だった。
自分は随分と浮気者らしい。かつて旦那がいた頃はあんなにも一途だったというのに。いや、同時進行で親友という名の妻がいたから厳密に言えば一途とは言い難いのか。
唇が離れて見つめ合う。欲に濡れた互いの瞳。だけれど一線を超えないのは、サラサはまだセフィロスだけの恋人であるからだ。

「なんだか、」
「どうした?」
「不思議な気分だ。少し前まで、ジェネシスとこうするとは思ってもいなかったら」
「それを言うなら俺だってそうだ」
「そっか。そうだよね」
「……セフィロスが、」
「うん?」
「納得しなかったらどうするつもりだ?」
「それでも私の心は変わらないよ。少なくとも今は資料を読んで、お前やセフィロスを抜きにしても調べなければならないことが出来た」
「そうか」
「ジェネシスの治療を最優先にするのは変わらないぞ?」
「治療が終わって俺がまだ神羅に復讐したいと言ったらどうする? セフィロスと対立することになるぞ?」
「むしろセフィロスも加担するような気がするけど。科研の所業を見る限りには先陣きって淘汰に乗り出しそうだし」
「宝条か……」

その男こそが諸悪の根源とも言えるだろう。そしてジェネシスの治療に必要な細胞ーー資料に出てきたジェノバ細胞の行方を知るただ一人の人間である。
ガスト博士からSプロジェクトを引き継いだ宝条。
時を同じくしてホランダーはGプロジェクトを立ち上げる。
そして資料の中に記載されていた全貌のわからぬ”サラサプロジェクト”なるもの。これの鍵を握るのも宝条である。ホランダーはこれに関しては何一つ知らなかった。宝条に敗れた後に始まったプロジェクトなのだろう。

「一妻多夫制がどうのと言ってられなくなったな」
「全くだ。私たちはもしかしたらパンドラの箱を開いてしまったのかもしれないね」
「パンドラの箱?」
「向こうの神話さ。全能の神ゼウスはすべての悪を封入した箱をパンドラという人間の女に贈り、決して開けてはならないと命じたんだ。だけどパンドラは好奇心から箱を開けた。すると箱の中からあらゆる災禍が外へ飛び出してしまい、あわてて蓋をしめたから希望だけが底に残ってしまった。これをパンドラの箱という」
「なぜお前のいた世界の神はそんなものを人間に預けたのか理解に苦しむな。開けたらいけないと言われれば開けたくなるのが人間の性だろうに」
「そういうものさ。そうやって神は人間の忠誠心を試す。その代償は人間にとって大きいものばかりだ」
「今回もそういうものだと?」
「かもしれないと思っただけだ。あるいは、他の誰でもない、私にとっての」
「お前にとっての?」
「いや、たとえそうだとしても、箱の底には希望が眠っていることを私は知っている。だから諦めはしないさ」
「お前は、俺には全部話せというくせにお前は話さないんだな」
「話すなら夫全員に話さなければ不公平だろう?」
「……違いない」
「決戦は明日だ」
「ああ」
「今日はもう休むとしよう。明日のために鋭気を養わないとな」
「そうだな」

ソファーの下部にあるレバーを引くと背凭れが倒れ、ソファーは簡易ベッドに変わった。この住処には寝具というものは存在していない。唯一ある家具がこのベッドになるソファーと、ダイニングテーブルなのである。泊まり込んだ最初の日にそれを思い出したが、買い足せば身元が割れてしまうため現状維持を貫き、寝る際はソファーをジェネシスに譲ったのだが、彼の提案で一緒に眠ることになったのである。
ジェネシスと二人その上に横になっても余裕のあるサイズで、サラサは椅子に重ねていた毛布をとってくるとジェネシスの隣りに横になった。

「腕枕は必要か?」
「あら、してくれるの旦那様?」
「お前が望むならな」
「傷口に触らない程度でお願いしようかな」

右腕を差し出されてサラサはそこに頭を乗せる。途端に反対側の腕で抱き寄せられてすっぽりと胸元に収まった。

「おやすみなさい、ジェネシス」
「ああ、おやすみ」

サラサはゆっくりと目を閉じる。ジェネシスの温もりに包まれて静かに意識は落ちていった。








end
続いちゃったよー!

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