連載V

□ないしょのはなし
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レギオンの案内の元、覗いた非常階段にサラサの探し人は、いた。黒い髪。前髪を後ろへと撫でつけたオールバックの厳つい風貌の男である。サラサからはその後ろ姿しか見えないが、鍛え上げられた戦士の体つきーーその後ろ姿を見間違うはずもない。

「アンジール」

その名を呼ばれた男はゆっくりと振り返った。

「サラサか。よくわかったな」
「ん。レギオンが気配を辿ってくれた」
「賢いな」

サラサの肩にちょこんと乗っている真白なオコジョは青色の瞳を細め小さく鳴いた。

「他に誰かいるのか?」
「ん? ……ああ、」

カツンカツンとブーツの踵を鳴らしゆっくりと階段を降りるとアンジールが背を向けていたわけがわかった。踊り場に隠れるようにしていたのはジェネシスと、セフィロスだった。
彼らが連むのはよくあることであり、巷では1st3人という呼称で呼ばれているくらい仲が良いのは周知の事実だ。サラサも1stなのだが如何せんアンジールやジェネシスより先輩であっても神羅ビルにいるようになったのがここ数ヶ月前のことなのでいまだ馴染みがない。サラサ自身あまり彼らと多くの時間を共有していなかった。単純に、出来上がった輪の中に入るのは苦手だからである。だから今も、アンジールとともに彼らがいるのは別段驚きはしなかったがサラサは驚いて瞠目した。彼らが持っているものに。

「ーー煙草?」

そう。三人とも非常階段の踊り場で煙草を吸っていたのだ。あー、とバツが悪そうにアンジールが顔を顰める。

「極秘事項だ」

低い艶やかな声が狭い踊り場に響く。セフィロスの声だった。ふぅ、と紫煙を吐く姿は様になっている。セフィロスも、ジェネシスも。

「極秘事項?」
「”英雄”は煙草を吸わないことになっている。表向きはな」

そう言われて、ああ、とサラサは納得して頷いた。
英雄セフィロス。そのプロフィールは謎に包まれている。出身地、誕生日、家族構成その他諸々。秘密が男を飾るとは聞いたことがないが、彼の出生は謎に包まれているが、神羅が発行している広報にはそれ以外の彼のプロフィールが載っていて、その中には煙草は吸わないと書いてある。勿論大衆向けのそれは神羅が作り上げた英雄像であり虚像に塗れ真実などどこにもない。好きな料理も好きな女性のタイプも休日に何をするかもすべて神羅が作り上げたものだ。
神羅が作り上げた英雄とは反するからこうして隠れて吸っているのだ。人目につくと困るから。いや、セフィロスは困らないだろう。だが英雄像を作り上げた神羅が困る。そうなればガミガミと言われるからこうして隠れているのか。サラサにも似たような覚えがあるからその煩わしさは知っていた。

「アンジールとジェネシスも?」

その問いに二人は黙って頷いた。神羅は煙草に恨みでもあるのだろうか。吸っているのにわざわざ吸っていないと言わせるなんて。

「わかった。誰にも言わない。……でも意外。アンジールが煙草を吸うなんて」

正直アンジールは煙草や酒とは無縁のタイプだと思っていた。
そう言えば苦笑が返ってきた。

「時々しか吸わないぞ」
「今日がその時々?」
「ああ。お前は運がいい」

ということは普段からお目にかかることはまずないくらいあまり吸わないのか。
燻る紫煙の中で、オコジョーーレギオンがくしゅんと小さくくしゃみをした。ああ、この子は煙草が苦手だったか。そう思ってサラサは持っていた小箱を置き、ワイシャツのボタンを外すと胸元を大きく開いた。三人がぎょっとしたが、サラサは素知らぬふりをしその間にレギオンが心得ていると言わんばかりに胸元に忍び込む。オコジョが定位置に収まったのを見計らってボタンを掛け直した。

「乱心かと思ったぞ」
「この子は煙草が苦手なんだ」

ジェネシスがクツリと笑う。サラサは肩を竦めて胸元で丸くなる相棒を服の上から撫でた。

「それより、急ぎのようだったか?」
「ん、ああ、急ぎというわけではないがこの後指導があるからその前にと思って」

置いた小箱を持ち上げアンジールに差し出した。

「この間の礼だ。受け取ってくれ」
「この間……?」
「りんごを貰った。ジェネシスからだったが、アンジールに渡してくれと頼まれたから、と。馳走になった。りんご、美味しかった」

アンジールは受け取らず、ジェネシスを見る。ジェネシスは煙草を空いながら、視線をそらした。アンジールが大きくため息をつく。

「アンジール?」
「……いや、わざわざすまない。ありがとう。中身を聞いても?」
「ミートパイ。甘いのが好きかどうかわからなかったから肉にしてみた」
「もしかして手作りか?」
「ああ。口に合わなかったら捨ててくれ」

受け取ってもらえたことに安堵して、サラサは小さく息を吐く。僅かに口端に笑みが零れた。
実を言うと少し緊張していたのだ。
かつての『無能』発言。それについては非礼を詫び、彼からは気にしていないという言葉をもらったけれど、彼の幼馴染だというジェネシスが酷く攻撃的な態度だったから、実は彼も内心ではそうでないのかと思っていた。けれどジェネシス経由で故郷のりんごをもらって思い違いに気づいたから、何かお返しが出来ればと、そう思ったのだ。既製品か手作りかーー散々迷った末に手作りにしたのは単に手作りのほうが心がこもっていると思ったからである。料理は得意分野だ。

「みんなで食べても?」
「あげたものだ。アンジールの好きにしていい」
「ありがとう。後でいただくよ」

アンジールの言にサラサは頷いた。その時だった。鼻先を掠めた何処か懐かしく感じる煙の匂いにアンジールを見上げる。

「三人とも吸ってる銘柄って同じ?」
「いや、全員違うが?」

すんすんと鼻を鳴らす。

「どうした?」
「知ってるやつがある」

一番近くにいたアンジールのではない。ジェネシスのそばに行き、紫煙の先に鼻を寄せるが違った。ジェネシスの煙草の煙は重い。レギオンがくしゃみをしたのもわかるような気がする。となると導き出される答えは一つしかなかった。
ーーセフィロスの煙草である。
サラサはセフィロスを苦手としていた。きっと最初の出会いが良くなかったせいだとサラサは思っている。
出会い事態は漫画や小説に書かれるような劇的なものでもロマンティック的なものでもない。至って普通の出会いだった。けれど彼と目を合わせた瞬間。それは劇的なものと言えたかもしれかった。
自分が自分ではなくなるような感覚。何か、自分のものではない感情に侵食される心。飲まれる。飲み込まれる。会いたかったと叫ぶ心と会ってはいけなかったと叫ぶ本能。あの時、確かに二つの感情を持った。あの、翡翠の瞳を見た、瞬間に。
無機質だったガラス玉のような翡翠の瞳に歪んだ光が宿ったのを、サラサは確かに見たのだ。それが何なのか正体もわからぬまま。その光こそが会ってはいけないと叫ぶ本能が見つけた原因なのか。
セフィロスが苦手だ。彼の圧倒的な存在感に怖気付いているわけでも呑まれたわけでも畏怖しているわけでもない。相反する感情を抱かせる彼が苦手なのだ。自分が自分でなくなりそうで怖いからーー苦手。あの奇妙な感覚はきっと自分を変えてしまう。そんな気がするのだ。

「セフィロス」

翡翠の瞳が自身を捉える。その瞳にあの日の光がないから、平静でいられた。あの奇妙な感覚もない。今日は話しても大丈夫そうだった。
そばに寄って匂いを嗅ぐ。当たり、だった。やはり彼の煙草である。

「煙草、一本もらえるか?」

セフィロスは何も言わずポケットから煙草の箱を取り出した。緑色のパッケージに黒い文字で銘柄が書かれている。知っていた銘柄とは違うが、匂いは知っている煙草そのものだ。黒い手袋に包まれた長い指先がパッケージの頭をトントンと叩けば取り出し口から一本頭を覗かせる。持っていけ、ということなのだろう。器用なものだと感心しながら礼を言って受け取った。サラサは鼻先に煙草のフィルムを押しつけて匂いを嗅ぐ。やはり火がついていないとあまり匂いはしないらしい。

「お前も吸うのか?」
「いや……私は吸わない」

ジェネシスの問いに否定する。

「なら、何故?」

問うたのはセフィロスだった。

「いわなきゃだめか?」
「吸わないのに貰うのは反則だ」
「そうなのか?」
「ああ」

ジト目でセフィロスを見るアンジールの視線が気になったが、サラサは、まぁいいか、と頷いた。たとえこの場が変な空気に満ちようと悪いのは聞いてきたセフィロスなのだから。

「この煙草、夫の吸ってた銘柄だから」
「「「……は?」」」

ぽかん、と揃って目を丸くした三人がおかしくてサラサはクスリと笑った。

「結婚してたのか!?」
「まぁな。極秘事項だぞ?」

茶目っ気たっぷりにパチンとウィンクして見せればアンジールはぱくぱくと金魚のように口を開閉させる。けれどそこから出てくるのは空気ばかりで音はなかった。

「……吸っていた、ということは禁煙したのか?」

どうしてか、トーンの低くなったセフィロスの声にアンジールとジェネシスがぎょっとして彼を見る。殺気すら纏うのではないか、と思われるほど一気に不機嫌になった彼に理由がわからずサラサはいや、と首を振った。

「あの人は死んでしまったから、もう吸えないんだ」

今度こそ三人はぎょっとしてサラサを見下ろした。

「つまるところ私は未亡人という奴だな」

この星に堕ちて、いつどのようにしてソルジャーになったのかはわからないけれど、きっかけは覚えている。忘れようもない彼の死だ。そこに悲しみも嘆きも絶望も悲嘆も一滴もないけれど記憶には残っている。
きっと自分は悲しまければいけないのだろうけれど。今も懐かしいと思わなければならないのだろうけれど。ぽっかりと穴が空いたかのように記憶を懐かしむーーあるいは哀しむ感情はなくなってしまったから。家族のいないあの星に、帰りたいとも思わない。思えない。

ーーなんて軽薄な、人間。

「サラサ、」

自嘲の笑みをうっすらと浮かべるサラサにアンジールは呼びかけたが、

「極秘事項だ。言うなって、言われてる」

唇に人差し指を当てて『しー』という動作をして、サラサは茶化して見せた。

「神羅は私を『穢れない清純な乙女』として売り出したいみたいだから」

戦闘職種で『穢れない』とは些かどころか結構矛盾しているような気がするが外見だけとればそれが通じるとのことでそうなったらしい。一応反論はしてみたのだが却下されたのである。もっともそれも共にミッションに出れば印象はがらりと覆されるらしいのだが神羅が売り出したいのは主に外ーー大衆へ向けてなので職員には関係ないのだろう。

「これ、ありがとう。邪魔したな」

背を向けひらひらと煙草を振って、サラサは視線に気づいていながらも気づかぬふりをして階段を登った。
そのまま自身の執務室へ行きソファーに倒れこむ。仰向けになれば胸元からレギオンが這い出てきた。サラサの頬に頭を摺り寄せて丸くなる。
サラサはコートのポケットから先ほどの煙草を取り出して指先で弄び、火をつけずに口に加えて息を吸った。口内をじとりと独特の膜が覆う。

「……、にが」

始めての煙草の味は心に染みるほど苦かった。







End

アンジールのジェネシスへの視線→リンゴは本当はジェネシスから。アンジールをダシにしてサラサにあげた。
 

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