連載V

□女帝と愉快な仲間たち
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ソルジャークラス1stサラサ。またの名を女帝。
神羅初の女ソルジャーである彼女はとても美しい女性だった。
赤や黒の混じったキャラメル色の長い髪は彼女が動くたびにさらさらと滑り人の目を惹きつける。透き通るような白い肌は触らずとも陶器のような滑らかさだろうことは予想出来、ぱっちりとした大きな紫色の瞳は全てを見透すかしているようだと思えるほど美しく澄んでいる。人形のように長く揃えられた睫毛。赤く色付いた形のよい唇。黒衣のソルジャー服に隠されていながらもわかる豊満な胸に華奢な腰は男の獣欲を誘うかの如く、その内側から醸し出される妖艶な美貌と圧倒的な存在感は、決して人の手で触れてはいけない存在だと問答無用で思わせる。すれ違えば必ず振り返り見惚れてしまうだろう。そして手を出そうとして、呑まれる。華麗にして豪奢な彼女の纏う鋭利な覇気に。
サラサがソルジャークラス1stとして神羅に在籍していながらもその名が知れ渡っていなかった時、大輪の薔薇に触れようとした愚か者がどれほどいただろう。彼女自身の手によって悉くその尊厳を折られた愚か者たちの屍(生きている)を見てきた彼女の副官、自称彼女の左腕を名乗るイレイス・リズナーは神が作りし精巧なビスクドールだと言われても信じれるほど完成された美を持つサラサを見つめ、うっとりと目を細めた。

「……はぁ」

蠱惑的な唇から零れる悩ましげなため息。炎を見つめるその瞳は翳り、オレンジ色に染められたその横顔は、無意識のうちに跪き屈服させる絶対的で圧倒的な覇気を感じさせないほど憂いに満ちていた。ともすれば深窓の姫君と称しても差し支えないほどか弱く儚げである。
そのギャップがまた良い。
ソルジャーとして、そして普段から上司として振る舞うサラサが艶やかに咲き誇る大輪の薔薇ならば、今のサラサは月の光を浴び夜に咲こうとしている麗しき薔薇の蕾である。
今こうしてともに焚き火を囲い彼女を見つめる部下たちの何人がそのギャップに当てられていることか。
サラサの二つの顔ーーこの麗しき薔薇の蕾である彼女を見ることができるのは、今現在ここにいる第3独立部隊の人間だけである。在籍するのはソルジャー3rd、治安維持部門の一般兵、エリートから転落した指揮官に憲兵。元々の所属は様々であるが、共通することは全員が落ちこぼれの烙印を押された者たちばかりだ。故に、第3独立部隊といえば聞こえはいいがただの寄せ集めの烏合の衆だった。ーーサラサが上司に君臨する、その前までは。『使えない』というレッテルを張られた自分たちは、粗暴で粗野、粗忽で野蛮。そんな印象まで植え付けられて、こうして第3独立部隊が結成するまでは各々それぞれが所属する部署で煙たがられていた。特に上昇思考の強いソルジャー部門では同じ3rdでも風当たりが強かった。上層部の都合よく使われ、死んでこいとミッションに送り出される日々。希望は潰え絶望という名の汚泥を啜って生きていた頃、これまた上層部の都合によって彼らは集められサラサという指揮官をあてがわれたのである。彼女もまた不憫な立場だった。実力もあり、セフィロスに並んで1stクラス入りをしていたにも関わらず、社長の『女はいらない』という意向で僻地に飛ばされた彼女。ミッドガルに戻れるのは良くて1年に1度。長ければ2〜3年に1度という過酷さを強いられた。そして彼女の下についた第3独立部隊の自分たちも。それでもサラサは、自分たちを張られたレッテルを見なかった。全員を平等に扱い、平等に鍛えた。
美しいだけの人ではなかった。
人を引き込む求心力があり、何が得意か、何が不得手かを見つける目があり、指導力があり、人を惹きつけるカリスマ性があった。
いつしか烏合の衆でしかなかった自分たちは互いに仲間であるという認識を持ち、家族と呼べる親密さを持つようになった。互いを守るための剣となり盾となり、誰一人かけることなく今もなおここにいる。
誰もがサラサに恩義を抱き、親愛の情を抱き、敬愛の念を抱いている。全員が『女帝サラサファンクラブ』の会員であることも含め、サラサを崇拝しているのである。そもそも女帝と呼び始めたのだって第3独立部隊(自分たち)なのだ。それなのにその呼び名が定着しつつあるのは嬉しいようで、腹がたつような嫉妬心がある。
先日、英雄セフィロスと女帝サラサの御前試合があった。結果は英雄の勝利だったのだが、その結果でさえ自分たちは納得していない。引き分けに無理やり勝敗を決したあの判定を。

「はぁ」

それがこの麗しき薔薇の蕾の憂いに繋がるというのであればなおのこと、判定を指示したプレジデント神羅を闇討ちしたい気分である。ついでに女帝に休める暇を与えず御前試合の次の日に長期ミッションに飛ばしてくれやがった鬱憤も兼ねて。ーー自分たちはいいのだ。自分たちは彼女のそばにいることを最も幸福としている。だけれど彼女にとっては辛かろう。SS〜Aランクのミッションが立て続けに入っているのだ。一日くらい休んだところでバチは当たらないというのに。ぎりぎりと拳を握りしめ物騒なことを考えるイレイスの隣りで悩ましげなため息が一つ再び零される。
同期の一人が目配せをしてきた。曰くどうにかしろ、と。
そろそろ理性の限界らしい。ーーなんと脆弱な理性だ。這いつくばって許しを乞え。この絵画の一枚のような、美しい絵を自分に壊せと言うからには! そもそも女神たるサラサに世迷言のようなよからぬ感情を抱こうなど笑止千万。ほんと、ほんとに死ねばいいのに。黙って見ていることが出来ないのなら息をするなとイレイスは声を大にして語りたかった。
イレイス・リズナー。ソルジャークラス3rd。落ちこぼれのレッテルを貼られて数年。その『落ちこぼれ』のレッテルも上司と馬が合わずーーそもそもその上司が無能であったがために喧嘩をふっかけ貼られたものだが、それこそが彼の奇禍であり、けれども災い転じて福と成すーーサラサという上司に恵まれ今や副官になり自称女帝サラサの左腕。そして彼はサラサ信者の一人であった。彼女にならば足で踏まれてもいいし、彼女の靴を舐めることも出来る。有能であってもサラサが絡むと変態にも狂信者にも成り下がる哀れな男でもあった。
血走った目で同期を睨みつける。同期はさっと目をそらした。じりじりと僅かに、すこしずつ座る場所を移動する。彼の間合いから少しでも離れるために。

「姫さん」

と、今度は違う男ーーブレッド・スミスが声をかけた。熊のような大柄な男で、その顔も髭で覆われている。陽気でお調子者。仕事がなければ朝から酒を飲むという大の酒好きだ。酒が好きで好きすぎて飲まなくても常に肌身離さず持ち歩いていることを咎められ、これまたレッテルを貼られた男である。ーーよくクビにならなかったものだ。所属は後方支援輸送部隊だった。第3独立部隊に所属してからその酒癖はなくなったかと思いきや今だ酒を常用している。因みにサラサはそれを許している。ーー曰くバレなければ何を持っていてもいい、と。それが酒だろうがエロ本だろうが持っていて力になるのなら好き持て。だけれど絶対に見つかるな。隠し通せ。それが出来なければ持つな。との言葉に話のわかる上司だとブレッド・スミスは陽気に笑い飛ばしサラサの下で意欲的に働いている。
イレイスはぎろりと今にも殺さんばかりの視線を送るが、

「どうした?」

とサラサは反応してしまった。

「イレイスも……どうかしたのか?」
「いいえ。どうもしてはおりません」
「?」
「どうかしたのは姫さんのほうじゃありゃしませんか。なんかあったんですかい? 悩み事なら聞きますぜ」

ため息、と指摘されてサラサはきょとりと目を瞬かせた。そのあどけない表情の破壊力は海をも凍らせるとイレイスは叫ぶ。

「ああ、いや。なんでもない」
「なんでもないって顔をしてはいませんぜ」
「そうか?」
「ええ」
「サラサさま」

イレイスはミッション中は隊長と呼ぶ。だがミッションから離れれば名前にさまをつけて呼ぶのが常だった。

「なんだイレイス」
「悩み事があるのでしたらどうぞお話下さい。我らでは頼りないでしょうが、第3独立部隊総出で知恵を絞らせていただきます」

それがなんであろうとも、たとえ何を犠牲にしても!
イレイスはいきり立って立ち上がり拳を振るうが彼の同期ーーさきほどとは別の人物だーーに足蹴りされて強制的に座らせられた。
サラサの呆れた視線もなんのその。むしろそのまま足蹴にしてもらえればと思うイレイスはただの変態である。

「ーー本当に大したことじゃない」
「構いません」
「そう、か?」
「ええ」

鷹揚に頷いたブレッドにサラサはそうだな、と一息ついて腕を組換えた。
彼女の艶やかな唇から周囲を凍らせる爆弾発言が落とされるのは、このすぐ後のことである。




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