連載V

□はじまりのマテリア
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「アンジール!!」

バン!と元気よくドアを開け室内に飛び込んで来たのはツンツンとした黒い髪に空のような青い瞳をもった少年だった。年は若いが2ndの制服を着ている彼はアンジールに将来有望として見込まれているソルジャーである。名はザックス・フェア。元気溌剌でお調子者。ジェネシスが仔犬と呼び始めてからすっかり定着してしまい、仔犬のザックスとしてソルジャー部隊に浸透している。

「お前はもう少し静かに入ってこれないのか!」

アンジールの拳骨がひとつ仔犬の頭に落とされる。見ているだけで痛そうなそれを今のところサラサが食らったことはない。セフィロスとジェネシスは何度か食らったことがあり、それを食らうとアンジールの説教が始まる。お小言ではなく説教だ。この説教は始まると長い。アンジール曰くーーここはセフィロスの執務室だ。普段以上に静かにしろ!ーー普段からも落ち着きを持てーーだからお前は成長がないーー先日の破損届けをいい加減に提出しろーー……。つらつらと吐き出されるそれらはやがてミッションでのいたらなさから壊滅的な書類仕事への成長のなさへと移っていく。最早見慣れた光景ではあるが、セフィロスの執務室で目にするのは始めてである。というのもザックスがここへとやってくるのは、こちらから呼ばない限り無いからだ。
珍しいこともあるもんだ、とサラサは思いつつアンジールに割り当てられた書類を手にとる。アンジールの長い説教をセフィロスは止める気がないようなので、急ぎの書類は肩代わりだ。ジェネシスは相変わらず我関せずを貫き通している。
つらつらと目を通しサラサが何枚かサインをしたところでようやくアンジールの説教が終わった。ザックスはいつの間にか床に正座をしていた。

「それで、一体どうしたんだ?」
「そうそう! 見てくれよこれ! 大将と女帝も! ミッションで見つけたんだぜ!」

そう言って勢いよく差し出したのは黒塗りの怪しげな小箱だった。

「なんだそれは?」
「俺のミッション、ミディールに出没した変種のモンスターの討伐とサンプルとしての回収だったんだけどさ、途中隊から離れちまって」
「なんだと!?」

アンジールの目つきが再び変わる。ザックスは慌てて手をふった。

「最後まで聞いてくれって。んでそこでモンスターに遭遇して倒したんだ。ひとりで! そしたらこれが出てきたんだぜ! モンスターの中から」
「それは興味深いな」

サラサは手を止め顔をあげた。

「中身はなんだ?」
「マテリア。でも何のマテリアかさっぱりわかんねぇんだ。アンジール達に見てもらおうと思ってさ」

俺、マテリアの扱い苦手だしー。と唇を尖らせるザックスにアンジールはため息をついた。

「安全確認してから開けたんだろうな?」
「…………いやぁ、あははー」

思いもしない宝を手にし、安全確認を怠り喜々として開ける姿がまざまざと思い浮かんだのだろう、アンジールのこめかみに青筋が浮き出る。再び拳が振り上げられた。

「お前というやつは!!」
「ちょっ! タンマタンマ! 取り敢えず見てくれって!」

説教モードに入りかけたアンジールをザックスは大袈裟に手を振って、箱を突き出した。

「見てやろう。もってこい」
「よっしゃ!」

ザックスの手からセフィロスの手へ。サラサも、我関せずであったジェネシスも立ち上がって彼のそばに集まる。
かたりと小さな音を立てて開けられた箱の中には、5つのマテリアが収まっていた。星の知識を宿すマテリアはそれぞれ緑や赤など色があるのだが、それらは色のない透明な球体で、中心には光の雫が渦巻いていた。

「綺麗だな」

率直な感想を言うサラサは、けれど何故か言いようのない感情をそのマテリアに抱いた。
使ってはいけない。
そんな警鐘が頭を過る。
セフィロスがひとつ手にとり、ジェネシスも続いた。ふたりとも言葉なくマテリアに魔力を注ぐ。暫くして返ってきたのは思いがけない言葉だった。

「わからん」
「オレもだ。魔力には反応する。だが何が言いたいのかさっぱりだ」
「ふたりともか!?」

アンジールが驚くのも無理はない。英雄は元よりジェネシスも魔力の扱いには長けている。魔力の扱いだけをいうならば大雑把なセフィロスよりもきめ細やかに繊細に扱うジェネシスのほうがずっと上手い。この二人に扱えないマテリアなどないに等しいともいえる。アンジールも手にとり同じように魔力を注ぐが、答えは二人と同じである。
そして。

「お前たち、なんだその目は」

気づけば全員の視線がサラサに向けられていた。
セフィロスは面白そうに。ジェネシスは早くやれと言わんばかりに。アンジールとザックスは期待していると言わんばかりに。

「この中で一番魔力があるのはお前だろう」
「……私もやらないといけないのか?」
「なんだ。嫌なのか?」
「……べつに。そうじゃないけど」
「ああ、怖いのか?」

唇を歪めて笑うジェネシスにサラサはむっとする。挑発とわかってはいるが、乗るのは躊躇われる。肯定すれば臆病者と言われるだろうし、否定するならばやらなければならない。
好奇心はある。そのマテリアに何が収められているのか。いまだ知られていない魔法か、召喚獣か。けれど脳裏を過った警鐘に耳を傾けていながら無視することも躊躇われる。
悩んだ末、サラサは躊躇いがちに箱の中からマテリアをとった。
自分が使えるとも限らないのだ。やるだけやってみよう、と自分にいい聞かせて。
目を閉じて、魔力を注ぐ。
強く、強く。マテリアに収められた星の知識を知るために魔力を使って語りかける。
それを知るには膨大な魔力が必要だった。それでも、底が無いと言わしめるサラサの持つ魔力を全て削るにはいたらない。
サラサはゆっくりと目を開けた。

「なぁなぁ、何かわかったか?」
「……ああ」
「ほんとか!?」
「なんだった?」
「単独では使えない」
「どういう意味だ?」
「読み取れたのは、使うには5人がひとり一個ずつ同時に魔力を注ぐ必要があるということだけだ。それ以外はわからない」
「それだけ読み取れれば上々だ。やって見よう」
「ーーやめておけ」
「何故だ?」

首を傾げるジェネシスにサラサはゆるりと首を振った。

「これを使うのはやめておいたほうがいい。少なくとも人間の手におえる代物ではない」
「何が起きるのかわからないのに断言するのか?」
「する。でなければお前は使いたいというだろう? ジェネシス」
「当然だ」
「だから断言する。ザックス、これはマ研に持っていけ。存在自体忘れろ」
「お前にそこまで言わせるとは興味深い。オレも使ってみたくなった」
「セフィロスまで」
「俺も俺も! 俺もやりたい!」
「ダメだ」
「えー! 何でだよー!!」
「魔力に難ありなお前が扱えきれると思えない。たとえ扱えたとしてもすぐにガス欠を起こして倒れるぞ」
「それでもいい! 俺がみっけてきたんだ。俺もやる!」
「アンジール、ヘルプ」

早くも四面楚歌になりつつあるサラサは助けを求めてアンジールを見上げるが返ってきたのは諦めろという哀愁漂う視線だった。

ーーお前にセフィロスを止められるか?
ーービルが崩壊してもいいのなら。
ーーそれ以外で。
ーー上官だから無理だ。
ーーお前が止めれないのに俺が止めれるわけがない。

そんな会話のキャッチボールを目線で行い。サラサとアンジールは揃ってため息をついた。ソルジャー部門最後の良心と言われている、別名奇人変人のストッパーたる彼が止められないというのだからサラサにも止めれるはずがない。セフィロスを止めるにしてもジェネシスを止めるにしてもどちらにしろ実力行使になり、そうなると確実にビルが崩壊する。崩壊しなくても確実に何かが壊れる。机とかソファーとか壁とか。正直言って今期ソルジャー部門に器物の修理に回せる予算はほとんどない。何処かの誰かがトレーニングルームを半壊させてしまったからだ。半分は自分に原因があるにも関わらず棚に上げてサラサは遠い目をする。

「どうしてもやるのか?」
「ああ」
「やる」
「絶対に!」

もうやだこの職場。
サラサの嘆きは海よりも深い。

ーー助けてアンジール。
ーーすまない、無理だ。

「「はぁ」」

やる気満々の三人を見て、女帝と良心はため息をついたのだった。
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