連載V

□昨日と同じ日常はもうこない
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辺境地での三ヶ月のミッションを終えサラサ率いる第3独立部隊は誰一人欠けることなくミッドガルへと帰還した。上空からミッドガルの中心とも言える神羅カンパニー本社ビルを見下ろしてサラサは小さくため息をついた。

ーーついに帰ってきてしまった。

英雄VS女帝。その御前試合が行われてから足を踏み入れるのは三ヶ月ぶりとなる。出来ることなら帰ってきたくなかったというのがサラサの本音だった。帰還の連絡を受けた際、他のミッションはないのかと縋るようにラザードに聞いてしまったくらいには戻ってくることを躊躇った。
御前試合の行われた夜ーーサラサはセフィロスと情交を結んでしまった。たった一度。されど一度。振り払うことも出来たがそれをしなかった。事件と呼べばいいのか過ちと称せばいいのか。あの夜の秘事はミッション中もずっと頭にこびりついていて離れなかった。
サラサの憂いはセフィロスの真意を掴みあぐねていることだ。そして自身の行動にも逸らし難い疑問を抱えていた。
自分から言い出した賭け事とはいえセフィロスの言を度が過ぎると一蹴することも出来たはずなのだ。それでもサラサは断らなかった。抱かれてしまった。受け入れてしまった。出会った当初は毛嫌いし、苦手意識を抱いていたという男に。
何故、何故、何故ーー……?
答えは見つからない。三ヶ月ずっと考えて続けていても、だ。

ーーどんな顔をして会えばいい?

報告する案件はいくつかある。ヘリを降りたら早々にラザードとセフィロスの元へと行かなければならない。だというのに心が定まっていない。いっそ部下を向かわせようか。あるいは屋上に着陸する前に反神羅組織の連中にでも爆撃されてくれないだろうかーー。サラサの物騒な考えを他所にヘリは何事もなくビルに着陸する。
ため息を一つ。二つ。

「隊長?」

イレイスの呼びかけにサラサはなんでもないというように静かに首を振った。右腕を自称する男は納得いかないようでもあったが、サラサが頑なに口を開かないところをみて諦めたらしい。因みに左腕を自称する男は現在サラサの執務室でせっせと書類に向き合っているだろう。
プロペラが完全に止まってから、サラサはヘッドホンを外した。

「諸君、長旅ご苦労」

サラサの声に口々に応えがある。気さくで気軽なのがサラサの部隊の売りである。時に他者を軽んじていると捉えられる彼らを非難する連中も多いが実力はある。元は寄せ集めの烏合の衆だったがサラサが一から鍛えあげたのだ。神羅は実力主義でもあるから、そのおかげで排斥されずにいる。

「イレイス。適当に数人見繕ってそいつを科研に運んでくれ。その後は解散させていい」

指示を与えると見本となるような綺麗な敬礼をしてイレイスはテキパキと指示を飛ばした。ヘリの中央には檻に囚われたモンスターがいる。どういうわけかミニマムの魔法でも小さくならなかったモンスターは今はいびきをかいて夢のなかである。凶暴化したモンスターの捕獲は今回のミッションのひとつだった。

「起こさないようにな」

入念にスリプルをかけ、数時間は起きないように計算したが念には念をいれ、だ。
運ばれていくそれを見送りサラサもヘリを下りる。屋上の風は相変わらず強く、遊ばれる髪を手で押さえると、ふとあげた視界にたなびく銀色が入ってきた。

「……は、」

間抜けな声は風でかき消される。
どこかで誰かが「サーセフィロス」とその男の名を呼んだ。
基本第3独立部隊に所属する人間は誰にであろうと気安いまでのフランクさで接する。だが彼ーー神羅の英雄にだけはそのフランクさもなりを潜めたようだった。その場に立っているだけなのに息を飲むほどの美貌と圧倒的な強さを感じさせる存在感が流れる空気を止めてしまうのだ。唯一サラサの自称左腕だけは彼に『慣れた』といい変わらぬ態度で接しているがそれは彼が接触する機会が多いからであってその他は顔を合わせることすら稀である。いきなり親友さながらのフランクさを求めるのも酷ではあるがそこまで固まると流石に相手に失礼ではなかろうか。とはいえ今ばかりはサラサも部下たち同様思考が追いつかず固まっているうちのひとりなのだが。
瞠目して固まるサラサの前で勇敢にも一歩踏み出したのは自称右腕のイレイスであった。セフィロスに敬礼し、運搬組に指示をだして再びセフィロスに向き直る。

「お疲れ様ですサーセフィロス。何か御用ですか?」

おいまてなんでそんなに攻撃的なんだ。
そう思わせるほど刺々しい声でイレイスは言った。きっとその時のサラサの心情と隊の心情は一致しただろう。流れる空気が動揺から一気に緊張へと変わった。強風すら凍らせる勢いである。
セフィロスはイレイスの言に気分を害した様子もなく口角を吊り上げると形のよい薄い唇を動かした。

「ミッションご苦労。用というほどのものではない。ただの出迎えだ」

神羅に着任してから出迎えを受けたのはこれが初めてである。慄くサラサに緊張はさらに広がる。

「ありがとうございます。ですがサーはご多忙とお聞きしておりましたが出迎えて下さるだけの時間がお有りとはついぞ思いもしませんでした。とはいえ我らはサーに出迎えていただけるほど優れた人間ではございませんのでどうぞご自身のお時間有効にお使い下さい」

出歩く時間があるなら仕事しろ(要約)
サラサは副官の暴言とも取れる発言に心臓が飛び出る思いだった。これ以上対峙させれば不敬罪で首を跳ねられると慌てて彼の前に飛び出てセフィロスを見上げる。

「面白い部下だな」

そう彼は言った。どうやら怒ってはいないらしい。緊迫した空気も消えサラサはセフィロスと部下を促し建物へと入った。

「仕事はいいのか?」
「お前までそれを言うのか?」

クツクツと肩を揺らして彼は笑う。

「安心しろ。仕事はほとんど片付いている」

普通に、普段通りの会話が出来ていてサラサは安堵した。セフィロスの出迎えは予想外だが副官のおかげで何とか自分を持ち直すことも出来たし結果としては良かった。
廊下を歩きながら早々に報告しなければならなかった案件を口頭で説明し、報告書を渡す。
エレベーターの前にきてサラサは部下に別れを告げた。サラサの部隊は何故かエレベーターの前で解散するのが決まりになっていた。なので次に来るのはサラサとセフィロスしか乗らない。

「じゃあ18:00に正面玄関な」
「「ごちになりまーす」」
「イレイス。適当な店、見繕っておいてくれ。あとピエールにも声をかけておいてくれ」
「了解しました」

タイミングよく到着したエレベーターに乗り込んで、そこでサラサははたと気付いた。今、セフィロスと二人きりだということに。

ーーいや、ダメだ。意識しない。意識しないで自然体をキープして。

あとは何時ものように話すだけだ。

「どうしたんだ? 出迎えなんて。滅多にないことをすると槍がふるぞ」
「……三ヶ月ぶりだからな」
「? うん、まぁ、そうだが」

質問の答えが微妙に違う。
どう噛み砕いてもわからなかったのでサラサは話を変えることにした。
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