連載V

□彼女と彼。追憶と嫉妬
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セフィロスの執務室を訪れたサラサだったが本人不在のがらんとした室内にドア口で大きくため息を付いた。

『サイアク……』

呟かれた言葉は彼女の母国語である。無論彼女の故郷はこの星にはない、するりと音になってしまったそれにサラサは慌てて辺りを見回して誰にも聞かれていなかったことにほっと安堵の息をついた。

「勝手に待たせてもらうか」

つい昨日まで書類の山が出来ていた室内は今日は打って変わって整然としている。部屋の主のデタラメな処理能力に舌を巻きつつサラサは持ってきた書類をテーブルの上に置いてソファーに腰をかけた。適度な弾力を持って受け止めたソファーは流石英雄の執務室にあるだけあって座り心地は最高である。自身の部屋のものとは大違いだ。背凭れに背を預けるとどっと疲れが襲ってきた。

ーーそういやここ最近よく眠れてないや。

このところミッション続きで十分に休養が取れていなかった。過激化する反神羅組織に相変わらず抵抗をみせるウータイ。凶暴化するモンスターたち。悉くサラサの休暇の邪魔をする。神羅に着任してから立て続けにことが起こり、これならば辺境地の方がまだ悠々自適に暮らせただろうとさえ思う。

ーーいや、そんなの言い訳だ。

目を閉じれば瞼の奥に広がる景色にサラサは息を詰めた。
自分と、『彼』が幸せそうに微笑んでいる。近くには最愛の親友と家族がいて、あの世界で幸せに暮らしている。
それは過去の記憶の残骸がみせる幻影だ。彼らはもうこの世にはいない。かつてあんなにも愛おしいと、狂おしいほどに愛していた彼に対し、今の自分は何の感情も持っていない。後悔も絶望も愛情も哀切も何も切望すら抱いていないというのに時折こうやってサラサが望みそうな幻をみせてはサラサを振り回す。眠りが浅いのはそのせいだ。

『Ti amo……』

縋るように言の葉を紡ぐ。もういない彼らにどうやって縋ればいいのだ。自分だけがこの星に落とされてしまったというのに。目の前で殺された彼らを助けることも共に死ぬことも出来なかったくせに。

「……ああ、お前がいたな」

キュウ、と小さくないて、存在を知らせたレギオンにサラサは力のない笑みを落として頬に擦るよる相棒を撫でた。

「少し寝るね。あいつが来たら起こして頂戴」

革張りのソファーに横になると睡魔は瞬く間にやってきてサラサを眠りへと誘った。


















司令室から戻る途中、ミッション帰りのジェネシスとアンジールに会い執務室へ行くとそこには先客がいた。

「これはこれは、珍しい御仁だ」

ソファーで眠る彼女を一瞥し、芝居がかった口調で言って鼻で笑う。
女帝サラサ。
一部のソルジャーたちの間でそう囁かれる彼女は確かにジェネシスの言う通りセフィロスの執務室を一度も訪れたことがなかった。重要書類も伝達も全て部下を介してという徹底さで絶対に自分から英雄の執務室に来なかったという彼女が今、ソファーで眠っている。

「……これはどうするべきだ?」
「寝込みを襲って欲しいんじゃないのか?」
「馬鹿をいうなジェネシス。ほら、テーブルに書類が置いてある。セフィロスのサインが欲しくてきたんだろう」

テーブルの上に置かれていた書類に視線を走らせると、先日3rdを引き連れてモンスター討伐に向かった時の報告書と査定内容が書かれていた。内容が内容だけにこれならば部下に持たせるわけにも行くまい。
セフィロスは書類に目を通し署名欄に己のサインを書くべくペンを走らせた。

「で、いつまで寝かせておくつもりなんだ?」

イライラとジェネシスが言う。相変わらずジェネシスはサラサに対して辛辣だ。毛嫌いしていると言ってもいい。
ジェネシスは自分が認めた存在にしか心を開かないタイプの人間である。そして己の力量に自信を持っている。にも関わらずひょっこりと現れたサラサに無能呼ばわりされたことを根に持っているのだ。
噂ばかりが駆け巡りセフィロスの前にも姿を見せたことのなかったソルジャー1stが紹介されたのは数週間前のことである。社長の意向で漸く本社に着任することになった彼女はセフィロスの次に1stクラスのソルジャーになり、歴代で二番目に長くソルジャーとして活動している。アンジールとジェネシスの先輩にもあたるのだがジェネシスは頑なにそれを認めなかった。
彼女の経歴にも実力にも。
ジェネシスとアンジールが2ndの時に既に彼女に会い『無能』呼ばわりされたにも関わらず、だ。
彼らの報告書はセフィロスも読んだ。ミッションの途中アクシデントに見舞われ、隊から孤立した二人の前にドラゴンが現れた。ドラゴンは凶暴な肉食獣である。知性は非常に高く狡猾で強い魔力を持っている。体は非常に硬い鱗で覆われ並みの剣では歯が立たない。それ故に防具など鎧や盾に利用され高く売れたりするのだが貴重すぎてあまり流通しないのが現状だ。それは兎も角として、二人の前に現れたのは番いのドラゴンだった。単体だけでも厄介なのに二体ともなると生きて帰れる確率は格段に下がる。1stの実力を持っているならいざ知らず、2ndに入隊したばかりの二人では手に負えない代物だ。焦燥と困惑と恐怖でパニックを起こしかけていた二人の前に颯爽と現れたのが、その存在を知られていなかったサラサだった。
彼女は空から降ってきて、二人の前で目にも止まらぬ速さでドラゴンの首を一刀両断したらしい。そしてドラゴンを解体し始め、手伝えと言われたにも関わらず現状を飲み込めずに(そもそもドラゴンの解体方法など知らず)立ち尽くすだけの二人に何の感情も読めない瞳で一瞥すると『無能』とだけ呟いて再び去って行ったという。因みに解体されたドラゴンの肉体はどこからともなく現れたソルジャーと思わしき群れにこれまた颯爽と持ち帰られたという。辺りに夥しい血の跡と僅かな肉片を残して。
その一連の出来事はジェネシスのプライドをひどく傷つけた。それはやがて怒りに変わり怒りは向上心となってジェネシスの刺激となったわけだがそれでも根底には彼女との第一印象がひどく不愉快であったことが根付いているのだろう。逆にアンジールは彼女に対して好印象を持っている。言われたことが事実であることにかわりなく、ドラゴンと戦う彼女を見て一歩も動けなかったことが何よりの証拠だ。無能と呼ばれても仕方がない。アンジールは誠実に彼女の言葉を受け止めた。自分たちだけなら死んでいたかもしれないことを考えるとサラサは命の恩人である。そう考えるとジェネシスのように敵対心バリバリで辛辣にあたれるはずもなかった。
そんなわけでジェネシスとサラサの間には一方的だが遺恨が残っている。

「……ん、」

返答せずサラサを見つめるセフィロスに痺れを切らし、ジェネシスが彼女を起こそうとした時、サラサが小さく呻いた。

「お、起きるか?」

アンジールが彼女の顔を覗きこんだ。
ゆっくりと薄い瞼が開かれ、光を灯さない紫色の瞳が茫洋とアンジールを見上げる。

「……ティキ?」

彼女の形の良い唇から零れたのはこの場にはいない者の名前だった。そしてふにゃり、と笑みを浮かべる。

「ティキ」

常の彼女とは全く系統の違う笑みだった。あどけなく愛らしく、花が綻ぶかのように柔らかで。その名を呼ぶ声は可憐で甘やかだった。
じり、と胸が焦げる痛みを感じて、セフィロスは思わず胸元に手を置いた。何かいけないものでも食べただろうか。理解できない感情に戸惑い、戸惑った自分に更に困惑した。なんだか無性にイラついて眉を寄せる。
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