連載V
□彼女と彼。追憶と嫉妬
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「セフィロス?」
真っ先に気づいたのはジェネシスだった。彼がセフィロスのすぐそばにいたからだ。けれどセフィロスは彼の言葉を黙殺してサラサに歩み寄る。
うっすらと涙の膜で覆われた瞳に加虐心が芽生えるものの、それをみなかったことにし、黒い手袋に覆われた手を伸ばした。
そして。
今だ夢うつつな彼女の額を指で弾いた。思いっきり。ーーまぁ、多少の手加減はしたけれど。ばちん、と人から発せられるものとは思えない音がして。
「いったーーーーー!!!?」
額を押さえて悲鳴をあげて、サラサが飛び起きた。そして目の前にいる三人の男に目を白黒させた。
「あれ?」
ジェネシスとアンジール。そしてセフィロスを順番に見てゆるりと首を傾げる。
「大丈夫か?」
「え、あ、うん。痛かったけど。誰やったの?」
「セフィロスだ」
「呑気に寝ているからだ」
フン、とセフィロスが鼻で笑う。胸の痛みはとうに消えていた。
「あんたがいないからだろうが。サインが必要だったのに」
「だからといって寝る必要はないだろう。仕事はどうした」
「その書類で最後だ」
「なに?」
「だからその書類で最後だと言った。サインしたなら寄越せ」
セフィロスはサラサに送られた書類の山を知っている。というのもセフィロスが、どうせ暇をしているならと自身でなくても捌けそうな書類を見繕って彼女に送ったからだ。ラザードから、セフィロス不在時にラザードに送られる書類を捌くのは彼女であり、とても優秀だと聞いていたがここまでとは思わなかったと内心で舌を巻く。
「ならこれも持っていけ」
「いやだね。あんたの仕事なら自分でやれ」
「オレのでもあるがお前のでもある。1stの仕事だからな」
そう言われるとサラサはやるしかなくなった。はぁ、とため息をついて束になった書類を受け取る。
「ここで仕事をしていったらどうだ?」
「いい」
アンジールの誘いをサラサはにべもなく断った。あまりにもはっきりとした拒否に奇妙な沈黙が生まれ、サラサはしまったとでも言うように顔を歪めた。
「その、ここには机がないから遠慮する」
ポツリ、と彼女が付け加えたその言葉にアンジールは「そうか」と残念そうに相槌を打った。サラサの言うとおりセフィロスの執務室にはセフィロス専用の大きなデスクとアンジールとジェネシスが時折来ては使うデスクしかない。応接用のローテーブルはあるがソファーに座って仕事をするには不便だろう。
「今まで一度も来なかったくせに今日はどういった風の吹き回しだ?」
女帝、と嗤うようにジェネシスが紡ぐ。それに対しサラサは片眉を釣り上げた。
「それはここにってことか?」
「それ以外になにがある」
「なら何か誤解があるようだ。私は何度かここを訪ねているし、昨日もここに来たぞ。主は不在時だったが。というより私が書類を持ってくるといつも不在だが」
「……そんな馬鹿な」
セフィロスはいつだって多忙である。その多忙さ故にミッション以外は基本的に執務室にがんじがらめになっている。本社待機では常にデスクワークを強いられるセフィロスが執務室にいないということなどまずありえないのだ。けれどサラサの様子からして彼女が嘘を言っているようにも見えなかった。
「まぁ私の執務室は階が違うから効率を考えて部下に持ってこさせる方が多いが。なんだったら私の部下に聞いてみるといい」
「ということはすれ違いになっているということか?」
「そうなんじゃないのか? 特別気にしたこともなかったが。それとも何だ? 書類は直接私が持って来なければならないルールでもあるのか? ラザードからは特に何も聞いていないんだが」
「いや、ない。それよりも次のミッションだがジェネシスと希望したそうだな。SSランクであろうとも1st二人を出す余裕はソルジャー部隊にはない。わかっていて申請した真意を教えてもらおうか」
「それを今、本人の前で言うか普通」
「生憎オレは普通ではないらしいからな」
「どういうことだセフィロス。オレはなにも聞いていない」
「今言った」
しれっとそう述べた男に、随分といい根性しているなと名前はそう思った。
「で、理由は?」
「無理なら別にイイぞ」
「理由次第だ」
つまりどうしても聞きたい、と。サラサは睥睨して男を見るが男はどこ吹く風とばかりに受け流す。ため息をついたサラサは「別に隠すほどのものでもないが」と呟いた。
「仲良くするもしないもそちらの勝手であることはわかってるがな。仕事は心地よくしたいものじゃないか?」
「それで?」
「あの時の発言は私に非があった。だが謝罪しただろう? ずっと根に持たれるほど言い負かしたつもりはないし、廊下ですれ違うだけで睨まれるほど馬鹿にしたつもりもない。それで考えてみた。どうしてそこまで根に持たれるのかと。その結果、3つの考えに至った。ひとつ、彼が私の実力を知らないから気に食わない。ふたつ、私に彼が無能であった頃の記憶が残っているから気に食わない。みっつ、彼が私のことを嫌いであるーー嫌われるようなことをした覚えはないがな。みっつめだったらどうにもならんがひとつめとふたつめだったら一緒にミッションにいけば私の実力は知れるだろうし、彼の成長した姿をもって記憶は払拭出来るだろう。まぁせめて? 戦場で背中を預けられるくらいにはその敵対心をなんとか出来ればと思ったまでだ」
「なるほど一理あるな。なら二人で行ってきてもらうとするか」
「セフィロス!?」
「丁度いいミッションがある。凶暴化したモンスターの討伐と増殖したモンスターの掃討、ついでに遺跡からマテリア回収だ」
「ついでとはなんだついでとは」
「本来ならアンジールにマテリアの回収を頼もうと思っていたが……二人でいけば討伐も掃討も速く終わるだろう。どちらもSSランクのミッションだ。技量をはかるには丁度いい」
銀の男は歌うように軽やかに紡ぎながらさらさらと紙面にペンを滑らせる。瞬く間に出来上がったのはサラサとジェネシスへの指令だった。そして携帯を取り出したかと思うと、大凡人ならざる動きで操作し、その数十秒後、サラサとジェネシスのケータイが同時に着信音を奏でた。
正式なミッションの指令。
まさに早技……神技である。
それがセフィロスのちょっとした意趣返しとも知らず、アンジールの呆れと同情の眼差しで見送られながら二人はミッションへと送り出されたのだった。
end
ちょっとした意趣返し……自分たちには普段見せない笑顔をみせたサラサへの嫉妬(ただし二人とも気付いていない)