連載V

□崩れ落ちた絶対神話
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「どうすっかねぇ」

隠れた岩場に銃弾が当たる。既に相手に居場所はばれており選択肢はひとつしかないのだがザックスは呑気にそう言った。
ミッドガルはすぐそこ。目と鼻の先だ。眼下に広がる荒野を抜ければあるというのにこんなところで神羅兵に足止めを喰らうとは本当についてない。
移動手段は徒歩のみだ。乗せてもらったトラックは巻き込まないために飛び降りてしまった。魔力があればバハムートを呼び出してミッドガルにも行けるが呼び出せるほどの魔力を今は有していない。
万策つきた。

ーーそれでも。

サラサは俯いているクラウドの頭を撫で、ザックス、と彼の名を呼んだ。

「お前とクラウドだけで先に進め」
「……は?」
「私がここで奴らを引き止めておく。その隙にいけ」
「マジで言ってる?」
「ああ、マジだ」
「ふざけんな。ここにあんたを一人置いていけるかよ。二人で戦ったほうが勝機はある」
「それでクラウドを一人にするのか? この数を相手に勝てる保証もないのに?」
「それは……あんた死ぬ気かよ」
「まさか」

ザックスの言葉にサラサは鼻で笑った。

「死ぬつもりなんてないさ。今はただ、守りたいだけだ。お前と、クラウドを」
「サラサ……」
「お前も1stになったけれど、私の可愛い後輩に変わりはないからな」
「あんたはおっかない先輩だったけどな」
「言ってくれる。……いつの間にか仔犬から成犬になってしまって。お前の姿、アンジールにも見せたかった」

サラサは手をのばし今度はザックスに触れた。硬質な髪をかき混ぜゆっくと抱き寄せる。
温かな体温はそのままに、出会ったころと違って逞しくなった体。筋肉がつき背も伸びて、一回りも二回りも大きくなった。

「すまないな。こんな頼りない先輩達で。みんな、無責任にお前に託して。ありがとう。お前の存在に救われていたよ、ザックス」
「……よせよ。そんな今生の別れみてぇな言葉。縁起でもない」
「確かに。でも言いたい時に言っておかないと、後悔することを私は知ったから」

ジェネシスといいアンジールといいセフィロスといい。

「ライフストリームであの3馬鹿に会ったら後悔するほど殴ってやる」
「そりゃあいい。あんたの拳は痛いからいい灸になるさ」

二カッと人好きのする笑みを浮かべザックスは、俺も殴る! と宣言した。

「でもそれは俺がじいちゃんになってからだけどな!」

静かにサラサも頷いた。

「レギオン」

相棒の名を呼べば、服の中で小さくなっていたオコジョが飛び出てきて肩に乗った。

「お前はクラウドとともに。私の代わりにそばにいてあげて」

サラサの言葉にいやいやとオコジョは首をふる。懇願するように小さく鳴いた。心を通わせる相棒はわかっているようだった。今離れたら、それが今生の別離になるということを。

「大丈夫。ちゃんと迎えに行くよ。それまでクラウドと待ってて?」
《うそだ。うそだ》
「嘘じゃないよ相棒。私とお前との約束だ。必ず守るさ」

嫌がるレギオンを無理やりクラウドの肩に押し付ける。それから乱暴に頭を撫でた。

「いつも思うけどサラサとレギオンってどうやって会話してるんだ」
「会話というものでもない。心がわかるだけ。この子は賢いから。レギオン、チョコボの姿になってザックスとクラウドを運んで。ザックス、チョコボには乗れるな?」
「ああ」
「クラウドを頼む」
「任せろ。あんたも必ずこいよ。ここで死んだりなんかしたら俺もクラウドもレギオンも怒るんだからな」
「もちろんだ。必ず追いつくさ。ミッドガルで会おう」
「おう!」

サラサは微笑むと深く息を吸った。ゆっくり静かに吐き出して、両手に二対の大剣を顕現させる。赤と青のその獲物は、今の自分には重く感じられた。けれどそんな泣き言を言っている暇はない。
レギオンがチョコボに変身したのと同時に岩場の陰から飛び出した。雨のように撃ちつけられる銃弾を持ち前の動体視力と剣で防ぎ、炎を放った。
そして。

「私はソルジャークラス1stサラサ! 神羅の女帝だ!! 腕に覚えのあるやつからかかってこい!」

叫んだ。
これで怯むならよし。怯まずかかってくるなら切り捨てるだけだ。
向こうに動揺が走るがーー……。

「女帝は死んだ! 怯むな! かかれーー!!」

その怒声に持ち直したようだった。
唇を噛み締めてサラサは駆け出す。この身体はあとどれだけ持つだろうか。10分? 20分? せめて30分は持って欲しい。それだけ時間を稼がなければ彼らは逃げ切れない。
二連隊。それだけは減らさなければ。
二人を逃がすために最後の力を振り絞る。

ーーごめんな。情けない先輩で。

今度会えたら、いっぱいご馳走しよう。たくさん泣いて、たくさん笑って、たくさん話そう。
クラウドの治療に付き添って、ザックスの仕事を手伝って。エアリスの花売りの仕事も手伝おう。その前に彼女にたくさん怒られるだろうけれど。きっと温かく迎えてくれるに違いない。
知らず、唇に笑みが浮かぶ。
それは希望だった。
それは夢だった。
掴むことの出来る幸せだった。
そのためなら私は。

ーー私は、修羅になろう。








上空から見えたのは夥しい血の海だった。雨に流されても消えることのないそれを大地が吸い、赤く染まっていく。流れる水は血の川だった。

「サラサ!」

切り捨てられた無数の屍の中に彼女はいた。両手に剣を掴み、虚空を見上げている。
血に染まっていない部分を見つけ出すのが困難なほど返り血を浴び、雨水を含んだソルジャー服は赤黒く染まっていた。

「二連隊が全滅とは……さすがは女帝といったところか」

ヘリから飛び降りたレノはピクリとも動かないサラサへと駆け寄る。ルードの呟きなんぞ聞いていない。ルードもヘリを下り、相棒と少女の元まで進んだ。
やがて相棒と少女の異変に気づく。何度呼びかけても反応しないのだ。

「サラサ? サラサ! おい!?」

頬を叩いてその冷たさに愕然とした。
雨水が眼球を伝っているのに瞬きひとつせず薄く開いた唇は閉じることもなく雨水を迎えいれる。
パリ、と亀裂音がして、やがて少女の持つ得物の刃が砕け落ちた。柄までもが粉々に崩れ落ちてゆく。
ルードは少女の首に触れた。脈をとるが自身の指先にはなんの反応も返ってこない。あるはずのものがなかった。
静かに首を振ればレノが愕然と目を見開いた。

「なんでだよ!?」

ぐらりと崩れ落ちた少女の体を受け止めレノが叫ぶ。

「立ったまま死んだのか……」

よくよく見れば彼女の服にはあちこちに焦げた跡があった。銃弾が貫通した跡だ。その数は常人なら死んでいてもおかしくない量である。否、本来なら立っていることも出来ない数の銃弾を浴びても尚少女は立ち通し、そして絶命した。
ソルジャーだから出来たのか、それとも彼女の気力がそれをさせたのか。今はもう知ることは出来ない。
胸ポケットに忍ばせた携帯が着信を知らせる。シスネからだった。簡潔に用件のみを伝える相手にこちらも同じように結果を伝えた。途端に息を呑み動揺も露わに震えた声が携帯電話の向こう側から聞こえる。シスネと彼女は仲が良かったとルードは記憶している。友人の死を、彼女は受け止めきれるだろうか。やがて電話が切れ、ルードは再びポケットに忍ばせた。

「ザックス・フェアの死亡を確認したそうだ。もう一人は行方不明だ」

レノ、とルードは呼びかける。彼は泣いてはいなかった。

「オレたちの任務は彼女の回収だ。遺体は科研に運ばなければならない」
「ッ……」

普段から飄々としていて他人には決して真意を見せないレノは特定の誰かと親しくすることはなかった。にも関わらずサラサと親しかったのは単純にウマもあったのだろうが、彼女が人よりも強く、レノの弱味になり得ない存在だったからだ。

「レノ」
「わかってるぞ、と。……少しだけ、放っておいてくれ」
「ヘリからシートを持ってくる。あと、帰りの運転は変わろう」
「……悪ィ」

ルードは背を向けヘリへと足を進めた。
背後から聞こえた噛み殺した嗚咽は、聞こえないふりをして。







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