連載V

□悪夢は終わらない
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「解剖の準備を始めたまえ。薬を用意し、カメラを回せ。スコープ準備。変化があったら逐一報告しろ」

タークスによってそれが運ばれてきてから慌ただしく動き出す研究員の部下たちに宝条は指示を出しながら手術台に寝かせシートを剥いだ。
中身は少女の遺体だ。紙のように真っ白い肌は一目で血が通ってないとわかる。うっすらと赤く伸ばされた血の跡は、タークスの誰かが拭ってやったのだろうことは予想出来た。死んだ経緯は聞かなかったがその下の洋服が夥しい血を浴びていることから壮絶な最期だったのだろう。それでも顔には傷一つなく、双眸は固く閉じられているとはいえ、精巧なビスクドールだと言われても今でも通用するほである。五体満足に肢体が欠けることなく手に入ったのは宝条にとって僥倖だった。
この少女と出会った日のことを宝条はよく覚えていた。ニブルヘイムの研究所に、彼女は激震とともに現れた。いきなり目の前の空間に亀裂が走りこの少女が投げ出されたのだ。背中に十字の傷を追って。
彼女を調べて、自身が得たものに宝条は歓喜した。
彼女はジェノバそのものだ。それも封印され仮死状態となっていない生きたジェノバである。彼女の治療中に、仮死状態のジェノバが僅かに反応を見せたのは彼女が同胞で同類だからだろう。そこで宝条は仮死状態のジェノバの細胞を彼女の傷に定着させることにした。それまでは治らなかった背中の傷は細胞を埋め込んだことで完治へと至ったのだ。ジェノバが瀕死の彼女をこの星へ呼んだのではないかという仮説が浮かび上がったが、それ以降仮死状態のジェノバはなんの反応も見せなくなりその仮説は今だに証明出来ていない。

「さぁまずは何から始めようか」

生きていても死んでいても彼女には価値がある。ジェノバそのものでありセフィロスと通じた少女。ソルジャー施術と同様に彼女の細胞を人間に埋め込んだら、果たしてどんな化け物が出来るのか。
強化された人間か、それとももっと別の何かか。
宝条はくつりと笑い血の気のない彼女の冷たい頬を撫でた。

「博士、腹部に熱源がありますが」
「なに?」

部下の声に宝条は熱感知スコープを覗いた。台に横たわる少女には反応がないというのに彼女の腹部ーーいや下腹部か。ちょうど子宮のあたりには微弱な熱源があることをしめしていた。

「まさか……」

ありえないことだった。
5年間、ニブルヘイムの研究所では薬漬けにした際色々なデータをとったが彼女に妊娠の兆候はなかったはずだ。
この逃亡中にとも考えられたがそもそも交配に至るまでの余裕はなかったはずだ。
最後の交配はセフィロスが豹変する直前である。それは裏がとれている。一研究員が手を出すのは不可能だ。ポットを開ければその痕跡はデータに残るし、リアルタイムでそのデータは自身のパソコンに送られてくる。
ならば考えられる可能性はいくつかあるが……。

「5年をかけて育ったというのか?」

サラサの子宮のなかで、セフィロスとサラサの胎児が。
あるいは魔晄ポットに入ったことで時が止まり、そこから出たことで再び時間が進み成長を始めた可能性も考えられる。

「面白い。面白いぞぉ! 予定を変更しまずは胎児の摘出から行う。セフィロスとの子供だと仮定すればみすみす殺すわけにはいかん。胎児用の成長カプセルを用意しろ。詳細なデータをとり観察しなければ。記録用のカメラは二台用意しろ。それからーー」
「博士、」

宝条の声を遮った部下の声に宝条は不快そうに眉をよせた。
だが次の瞬間、その不快感も消え去った。
熱源は変わらずある。別の機械では心音が確認できた。弱々しいものが段々と力強くなっていくのが確認できる。ーー母体は死んでいるというのに。
その刹那。
熱源が増えた。
寝台の上で彼女の身体が跳ねる。まるで電流を流したかのように見えない力で跳ね、再び台に沈んだのだ。周囲より怯えの声が上がったことから宝条だけの目の錯覚ではないことは確かだった。
その直後、止まっていたはずの少女の心臓が動き出した。弱々しく間隔も疎らであったのがおちつくにつれ規則正しくなっていく。それと同時に、子宮にいる胎児の心拍の力強さが落ち着いて、母体の心音と重なりあう。まるで母体の心臓を再び動かすために胎児が延命活動を行ったような光景だった。

「博士……被験体が息を吹き返しました……」
「体温徐々にあがりつつあります」
「脳波感知しました」

次々に畏怖を孕んだ声で上がる報告に宝条は口端を吊り上げた。

「面白い。母のなかで成長したいというのかね」

まるで外の声を聞いていたかのようなタイミングだった。だから宝条は少女にーー否、聞こえているだろう胎児に言葉をかけたのだが答えはなかった。

「自ら人の皮を剥ぎ化け物となるか。それもまた面白い」

青ざめた表情で先ほどまで死体だった少女を見つめる部下たちを見渡し宝条は告げた。

「解剖は中止だ。治療ポットを準備しろ。彼女をなかへ。どんな些細は変化も見逃すな。私はさきほどのデータの解析を先に行う」










コポリ、こぼり。
魔晄ポットのなかで気泡が浮かぶ。
液体のなかで囁く声がある。
沢山の声が囁いている。

ーーおきて、おきて
ーーあなたはだぁれ
ーーおきて、おきて
ーーわたしはだぁれ
ーーわたしはあなた
ーーあなたはわたし
ーーわたしがたすけてあげたから
ーーこんどはわたしがめざめるばんよ
ーーそうしてふたり
ーーいとしいいとしいむすこのために
ーーさあはやくめざめましょう?











ーーあなたのからだをわたしにちょうだい










こぽり、コポリ。
気泡が揺らめく。
魔晄ポットの中で少女は今だ目覚める気配がなく、目覚めの時を待っている。
たくさんの声を聞きながら。








end




これにてクライシスコア編終了となります。次はFF7本編、アドベントチルドレンへと続いていきます。クライシスコア編が一番幸せ(1st3人とザックスいるので)そしてネタの宝庫(笑)
みんな幸せになって欲しかったなぁ。

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