連載V

□さよならベガ、アルタイルは消えてしまったの
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ミッションを終えたサラサは今夜の宿となる小さなホテルの一室でシャワーを浴び、水の入ったグラスを片手に窓辺に座った。濡れた髪をがしがしと肩にかけたタオルで拭いながら、ふぅ、と小さく息をつく。今日はたまたま宿が取れたが、明日からはここよりさらに僻地へ移動するため野宿確定だ。スプリングのきいていない古びたベッドをみて、最後の宿がこれとはな、と物悲しい気分になってくる。それでも野宿に比べたら例え寝心地の悪いベッドでもマシだろう、と自分の感情に蓋をする。ソルジャー部隊は予算がカツカツなので、贅沢は言っていられないのだ。
グラスの中の水を飲み干し、窓を開けた。寂れた村に趣味で経営しているといってもおかしくないそのホテルの部屋の窓は留め金が錆びているのか、ギイ、と軋んだ音が鳴る。きっと油を差してないのだろう。泊りにくるものがいないと油断して手を抜いているのかもしれなかった。
外から夏の生温い風が入ってくる。湿度が高いのか肌に触れる風は雨の気配もないのにじめじめとしていて、雅とも風流とも言い難い。ミッドガルの排ガスに塗れた空気よりは清涼だが、如何せん暑かった。
サラサが滞在している村には、未だ電気が通っていなかった。ミッドガルと違って夜は暗い。けれども夜を満たす暗闇から、無数に煌めく星空の銀色の光が静かに降り注ぎ、仄かに村を輝かせていた。その光景はミッドガルでは決して見られないものだ。
利便化によって日毎に失われていく自然が齎す輝きは幻想的だ。満点の星空も星が降らせる白銀も、ミッドガルでは決して見れないものだから、なおのことそう感じるのかもしれない。もっとも明日からは毎夜の如く夜空とのお喋りである。帰るころにはミッドガルの人工的なネオンの灯りが恋しくなっているかもしれなかった。
そろそろベッドに入ろうか。そう思った時、まるでタイミングを見計らったかのようにベッドの上に投げ捨てておいた携帯電話が鳴り響いた。

「誰だよこんな時間に」

サラサは立ち上がって携帯電話を拾う。二つおりのそれを広げるとディスプレイには『セフィロス』と英雄の名前が表示されていた。

「もしもし?」
『今なにをしてる?』
「寝るとこだったけど」
『ならちょうどいい。緊急ミッションだ』
「は? こんな時間に?」
『そのホテルから真東に向かって1km先に小高い丘がある。そこへ行け』
「ミッション内容は?」
『お前、オレのファイアのマテリアを間違って持っていっただろう? 人を送ったから預けてくれ。次のミッションに必要でな』
「あー、うん。ごめん、わかった。すぐいく。電話切るね」
『ああ』

電話を切ってすぐサラサは道具袋の中からセフィロスのマテリアを取り出した。ミッションに出発する前に確認した時は入って無かったと記憶してるのだが、輸送機の中で彼から電話を貰い確かめた時には何故か入っていたのである。マテリアが一人でにテレポートするわけないので、サラサが間違っていれたのだろう。しっくりこないが入っていたのだからそう結論をつけるしかない。
サラサは隣りの部屋のイレイスに少し出かけてくる旨を告げようとして、やめた。出かける所は目と鼻の先だし、別にセフィロスが来るわけでもないから、ものの5分もかからないだろう。寝静まった村の中で何かあるわけでもない。モンスターが出れば斬り伏せればいいだけの話である。それにイレイスだって夜くらいはゆっくりしたいだろう。部下思いのサラサは、ドアの鍵がかけてあるのを確認すると開け放した窓から飛び降りた。
とっとっとっ、と軽快なテンポで走っていく。汗をかくにも満たない距離だった。
丘を登る手前で、周囲を確認する。人の気配はない。セフィロスのマテリアを取りにきた人間があえて気配を消す必要もなく、サラサが先に来たのだろう。
その時携帯電話が鳴った。

「着いたぞ?」
『遅れているようだな。少し待っててくれないか』
「待つけども」
『その間、少し話でもしようじゃないか』
「仕事はいいのか?」
『ああ。今日は空が綺麗だな』
「セフィロスの所も晴れてるの? じゃあ綺麗な天の川が見えてるでしょ。ジェネシスとアンジールにも見せてやりたいくらいの綺麗な天の川だ」

七夕にまつわる七夕伝説を酒の席で話したのが先週のことである。この星にはないだろうと語って聞かせたら、似たような伝承がウータイにはあるらしい。星は違っても似たような話はどこにでもあるもんだと感心したのは記憶に残っている。七夕伝説につられて当日に天の川を見たいと言った親友二人はなかなかのロマンチストである。その二人はミッドガルにお留守番でありミッドガルでは星空を見れないので今頃悔やんでいるころだろう。因みにセフィロスはミッドガルから離れ、今はこの空の下のどこかにいるころだろう。生憎行き先を聞く前にサラサは出立してしまったのでどこにいるかわからないが、こうして電話をしながら彼も星空を眺めているのだろうか。

「雨が降らなくてよかったね」
『そうだな。雨の中の移動は流石に堪える』
「あはは。織姫と彦星の話じゃなくて現実(そっち)?」
『恋人に会うのにずぶ濡れになるのはどうかと思うぞ』
「……なんの話?」
『そもそも一年に一回しか会えないというのに雨だからといって泣く泣く諦める彦星は随分と根性がないとみえる。オレだったら川ぐらい飛び越えてみせる』
「いや、牛飼いとセフィロスを比べたら流石に彦星のほうが可哀想でしょ」
『オレは運任せにはしない主義だ』
「うん?」
『一年に一回しか会えないとわかっているならどんな手を使ってでも会いに行く。事前に舟を作ったり橋を架けたり、マテリアを道具袋に忍ばせたり』
「え?」
「『緻密に計算し水面下で画策して事を運ぶ』」

彼の言葉の最後のほうは、声が二重に聞こえた。
恐る恐る振り返ったサラサの視界に入ったのは、銀。熱を持った風に吹かれてさらりと靡く美しい銀色。無数の星が織り成す天の川の光に照らされる白銀だった。
男はしてやったり、と言いたげに口元に笑みを浮かべた。

「なん、で」
「『会いに来たに決まってるだろう?』」
「ミッションは、」
「『時間までには戻るさ。そのための口実は作った』」
「まさか私の道具袋にマテリアを忍ばせたのって、セフィロス?」
「『ああ。まさかこうも上手くいくとは思ってもいなかったが』」
「……うそつき。セフィロスが計算したんだから、成功するに決まってるじゃない」
「『そうだな』」

しれっと言い放った彼にサラサは電話を切り丘を駆け下りる。その口元には笑みが浮かべられていた。
勢いのままに男の胸板に飛び込んで。走ってきたのだろうセフィロスの心臓は、いつもより速く鼓動を繰り返していた。

「直ぐに戻るの?」
「まだ少し時間はある。ほんの少しだが」
「それでも嬉しい。次に会えるの、半年後くらいだと思ってたから」
「そうか」

もしセフィロス不在の今、彼の隊に不測の事態が起きれば、彼は責任を取らされる。彼と自分の立場を考えれば、サラサはセフィロスを窘めなければならない。それでも、こうして会いに来てくれたセフィロスの気持ちがとても嬉しかった。
セフィロスの大きな手のひらがサラサの頬におかれる。熱の込められた眼差しにサラサは静かに目を閉じた。
そっと重なりあう影を、星たちが見守る。
誰にも邪魔をされないようにと、静かな祈りを込めてーー……。


























「うわぁ〜綺麗な天の川だ!! そういや今日七夕だっけ」
「タナバタ? なんだそれ」

夜空を見上げ、ユフィが感性を上げる。知らない単語にバレットが首を傾げた。

「七夕ってのはウータイの節日の一つなんだ。ウータイでは短冊に願い事を書いて笹の葉に飾ると叶うっていうジンクスがあるんだ」
「へぇ。楽しそうね」
「うん、なんだが素敵だね」

ユフィたちのやりとりを聞きながら、サラサは首を傾げる。はて、前にもこのやりとりをどこかでしたことがなかっただろうか。ゆっくりと考えてみるが、全く思い出せない。記憶がなくなる前の出来事だったのだろうか。それすらサラサには判断がつかなかった。

「あ、あそこに丘がある! 行ってみようよ!! きっとあそこならもっとよくみえるって」
「ユフィ、夜なのに元気だね」
「あんまり離れるなよ」
「わかってるって! あのね、七夕には伝説があるんだ」
「伝説?」
「天には天帝が住んでいて、天帝には年頃の娘がいたの。織姫って名前で、機織りが上手なよく働く美人の娘。一人でいることを憐れんだ天帝が、彦星っていうよく働く牛飼いのかっこいい男に引き合わせて結婚させたんだって。でも夫婦になってから新婚生活が楽しすぎて働かなくなって、天帝の怒りを買ってしまったんだ。二人は引き離されて、大きな川が二人の間に立ちふさがって二人は会えなくなるんだけど、悲しむ織姫を哀れに思った天帝が1年に1度だけ、川に橋をかけて会える日を作ってくれたんだ。それが今日! 雨が降ってると川の水が増水して会えなくなるんだけど、今日はこんなにいい天気だもん。二人は会ってるよね、今頃。そういうわけで、突撃ー!!」
「どういうわけだよ」
「待ってよユフィー!!」

駆け出すユフィをレッドが追う。素敵ね、と言ったティファも、なんだか悲しいねと言うエアリスもそれに続いた。そんな彼女たちをクラウドはため息をついて追いかける。
小高い丘を少し登って夜空を見上げ、不意にサラサは誰かに呼ばれた気がして後ろを振り向いた。

「どうした?」
「ヴィンス……。ううん。なんでもない」
「そんな顔をしていないが」
「……ヴィンスがそういう時って泣きそうな顔ってことだよね。でも本当になんでもないんだ。だってわかんないもん」

わからない。それが一番正しい。ユフィから七夕伝説を聞いて泣きたくなったのも、どうしてか見覚えのあるこの風景も、ここで何か嬉しいことがあったような気がすることも、なにもかもわからない。

「なんでもないから」

気にしないで。
そう言ったサラサにヴィンセントはため息をついて、マントを翻した。
サラサもその後を追おうとしてーーその前にもう一度だけ、後ろを振り返った。
そこには誰もいない。星の光に照らされた仄暗い闇が浮かんでいる。

「もう会いに来てくれないんだね」

ねぇ、そうなんでしょう?
誰にともなく呼びかけて。サラサに会いに来たと言ってくれる影は、ついぞ現れなかった。

「おーいサラサー!! 早く早くー!!」
「今行くー!」

後ろ髪を引かれる思いを振り切って、サラサは前を向いて走り出した。
丘の頂上で待つ仲間たちのもとへ行くために。










さよならベガ。アルタイルは消えてしまったの
(……もうどこにもいないから)(だから貴方は来てくれないんでしょう?)
end

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