連載V

□さよなら悲劇
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「俺のものにならないならいっそ殺してしまおうか」

言葉と共に片翼が消える。ひらひらと漆黒の羽根が幻想的に舞い落ちた。
そして。
冷たい唇がサラサの唇に落とされる。氷のような冷たさだった。生きた人間がここまで冷たくなれるのかと恐ろしく思えるほどに。重なった唇はすぐに離れていった。

「じぇねーー」
「『復讐にとりつかれたる我が魂
苦悩の末に 
たどりつきたる願望は
我が救済と
君の安らかなる眠り』」

切なげな表情で語られたそれに、サラサは固まった。

「さよならだ、サラサ」

はっと気付いた時にはもう遅かった。彼の手にレイピアが握られている。それがサラサの前で振り上げられた。
彼の手が躊躇いもなくレイピアを振り下ろす。脳裏に響く警鐘のまま、本能に従ってサラサが後退するのと同時だった。胸元を剣の切っ先が捉えたが、切り裂いたのは軍服のコートだった。

「さすが……ソルジャー1の駿足を誇るわけだな」
「……男と違って身軽だからな」

口ではそういうも心臓はばくばくと鳴り響いている。あと一歩遅ければ彼の剣は己の血で濡れていただろう。
サラサはきつくジェネシスを睨みつける。

「何の真似だ?」
「剣を取れ、サラサ。ここで決着をつける」
「親友と戦えるわけないだろう」
「生憎と俺はお前を親友と思ったことはない」
「……、そうか」

ちくりと胸が痛むのを感じた。だが生まれた感情に気づかない振りをして、両の手に双剣の柄を顕現させる。それを掴んで引き抜けば何もない空間からアンジールの持つバスターソードのような大振りの色違いの大剣が生み出された。

「いつ見ても摩訶不思議な現象だな」
「魔法と同じさ」
「どうだか」

くるりと回せばひゅんと空を斬る。赤い刃の大剣を肩に担ぎもう片方の青い大剣は地につける。

「お前と腹を割って話すには一度本気で戦わないといけないわけだな。あいつといいお前といいめんどくさい連中ばかりだ」
「話すことなど何もない。俺は俺の邪魔をする奴を倒すだけだ」
「できるのか? お前に」
「馬鹿にするな」
「……そうか。よほど痛い目にあいたいようだ。お仕置きの後はなにがなんでも腹のうちを話してもらうぞ、ジェネシス」

ピリピリとした緊張感が張り巡らされ二人の間に落ちていた小石が震える。それがぱぁんと音を立てて砕けた瞬間、二人は地を蹴っていた。
カキンカキンと鋭い金属音を立てて刃がぶつかり合う。
ジェネシスが振り下ろしたレイピアを赤い刃で受け止め、お返しとばかりに青の剣を横に払う。トンと地を蹴って後方へと下がった男を追って、少女は追撃に出た。
地を蹴り男の背後に回ると重力を利用して身体ごと二対の剣を振り下ろす。剣自体は交わされたが、そこから二本の衝撃破が生まれ亀裂を作りながらジェネシスを襲い、男は再び後退したが先を読んでいたサラサが彼の死角より間合いに入り、ガラ空きの脇腹に蹴りを入れた。その衝撃でジェネシスが吹き飛ぶ。

「……ッ」

採掘場の剥き出しの岩に背中を強かに打ち付けたジェネシスを追って剣を構えながら再び地を蹴る。大勢を整えながらもどこかぎこちない動きのジェネシスにサラサは僅かに眉を寄せた。
斬りつける毎に激しさは増した。金属音ばかりが廃れた採掘場に響く。
何度目かの攻防。何度目かの鍔迫り合いになった時、おもむろにサラサが口を開いた。

「私はいつからお前の親友ではなくなっていた?」
「……」
「だんまりか」
「随分と余裕だな……!」
「器用だと言ってくれ」

強い力で押し戻され、力負けしたサラサは彼の間合いーー即ち自身の間合いでもあるーーから距離をとった。

「ジェネシス、お前、私のことが好きなんだろう?」
「……!」
「お前セフィロスに嫉妬してこんなことを仕出かしたのか?」
「違う!」
「じゃあなんのため?」
「お前になにがわかる……!」
「わかんないから聞いてるんだろうが馬鹿が!」
「黙れ!」

直後、サラサのマテリア『エアロラ』とジェネシスのマテリア『ブリザド』がぶつかり合う。二人とも詠唱破棄の荒業である。マテリアに触れてすらいない。
二つの魔法は相殺して、爆風が起きる。
爆風が収まっても二人は立ち位置から動いていなかった。

「みんなで私のことを鈍い鈍い言うが、お前らがまとめてまどろっこしいんだよ。まぁそういうところも含めて私は好きだけどな」
「お前はどうしてそう男らしいんだ……!」
「女々しいだけではなにも解決しないからな」

というよりも戦場に生きるなら女々しさなんて邪魔なだけだと切り捨てたほうが正しい。先の大戦で、サラサは失ったものも多かったが得たものもまたあったのだ。

「それにキスされてお前の好意にわからないほど鈍くない」
「そうかよ……!」

再びジェネシスが魔法を放った。
彼び十八番であるファイガの連発だ。それをサラサは全て切り捨て、突き進む。
剣を振り上げると同時にハイキックからの踵落とし。だがそれは容易く避けられる。避けられるようにサラサは動いた。続いてブリザドを放つ。巨大な氷塊がジェネシスの上空に現れ、そこへサンダーを放った。雷は氷塊に当たって粉々に砕け、雨となってジェネシスに降り注ぐ。
そこにサラサの一閃が走った。

「ぐはっ……ッ!」

斬撃に身体を強張らせた隙を狙ってレイピアを剣で弾き飛ばす。ジェネシスの脇腹に蹴りを入れ、彼が吹き飛ぶのを展開したマバリアの内側に留めることで防ぐ。ジェネシスはマバリアの魔力で出来た壁にバインドして崩れ落ちた。
サラサの魔法の使い方は実に多彩である。この星にはない魔法の使い方は、全て豊かな想像力と発想から来ている。そして想像力をそのまま実現出来る力を持っていた。
地面に仰向けに倒れるジェネシスの首元に二本の剣をを交差させて突き刺す。ジェネシスが無理に起き上がるとひとりでに首がはねられる寸法だ。それでもジェネシスが自害出来ないように、交差部分は高いところに設けた。
サラサはジェネシスの腰元を跨いでどっかりと座った。両足で太ももに体重をかけ、足を動かせないよう固定する。小刀があれば服ごと地面に縫い付けるのだが、サラサの所持している武器の中に小刀やナイフはなかった。

「動けないだろ」
「くそ……!」
「これでようやく話が出来るな」
「話すことなどなにもない」
「いーやあるね。お前がなくても私がある。そもそも勝者は私だ。お前に拒否権はない」
「っ……!」

そう言ってサラサはワキワキと両手を蠢かせ、赤いレザーコートを剥ぎ取った。次いでシャツのボタンに手をかける。

「なにをする! うわ、ちょ、やめ……!」
「〜〜〜♪」
「鼻唄を歌うな!」

抵抗しようにも大きな抵抗ができないジェネシスは声を大にして叫ぶがサラサの手は止まらない。やがて上半身が剥かれ、露わになった肩口に、治りきらない傷口を見つけた頃にはジェネシスは諦めたかのようで大人しかった。サラサはその傷口に手を這わせる。それはセフィロスとのお遊びで出来た傷だ。

「治ってなかったのか」
「ほっとけ」
「完治したとお前を担当した……ホランダーだったか? に聞いたが?」
「……」
「ラザードにもそう報告が上がっていたが?」

指で撫でるとぴくりとジェネシスが身じろいだ。

「お前がなにを考え、何を決意し、どう行動しようと構わない。だが言いたいことははっきりいえ。嘘をつくな。嘘をつくなら貫き通せ。その嘘が本物になるまで。その上で私はいう」
「何だ?」
「それでも私はお前を見捨てたりはしない」
「……」
「家族を失い友を失い、恋人を失い仲間を失い、故郷すら失って、私はこの星に来た。そうしてこの星で生きて、再び手に入れた親友を、よくわからないままに失うなど私は耐えられない。私は、私のものを何度も諦めれるほど強い人間ではないんだよ」

落とされた言葉は普段とは打って変って弱々しいものでジェネシスは目を見張った。瞳に映るサラサは今にも泣いてしまいそうなほどに眉根が垂れ下がっている。思わず手を伸ばそうとしたが、その手はサラサの支配下に置かれがっちりと固められていてピクリとも動かせなかった。

「対立するなら理由を言え。その上で私は対立しよう。戦いたいならばその理由を。その上で満足できる殺し合いをしよう。どうせ私はお前を生かすけれど」
「それはお前のエゴだ」
「エゴで構わない。恨むなら私を恨めばいい」
「……できるわけ、ないだろう」

倒すことも殺すことも出来なくて、だから全てが終わるまで眠らせておこうとレイピアにスリプルをかけていたのだ。その企みはサラサが交わすことによって砕かれてしまったけれど。

「ジェネシス。お前、私のこと親友だと思っていなかった?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
「本当の本当に?」
「しつこいぞ」
「なら最初から好きだったんだ?」
「っ……!」
「でも自覚したのは最近か?」
「なんで、」
「そうか図星か」
「カマをかけたな!?」
「全部、親友の間合いだったから。食事した時、飲んだ時、遊んだ時、ゲームした時……。好きという好意を微塵も感じさせなかったから、お前が自覚したあとでその好意を感じ取れないということは、何もなかったつい最近ということに限られるだろう?」
「これだから頭がよいやつは嫌いだ……」
「お前だって頭いいくせに。で? 神羅への復讐と私への好意。比重はどっちが重い?」
「なに?」
「私に加担しないかと声をかけたくらいだ。神羅へのあてつけかセフィロスへのあてつけかは知らないけどそれなりに重さはあると思っていいの?」
「神羅への復讐よりもお前をとったらどうだというんだ?」
「一妻多夫制ってありだと思う?」
「は……はぁ!?」
「いいじゃないか。セフィロスとジェネシス、二人とも私の夫になりなよ。この星に一夫多妻制があるかは知らないけど。わかる? 一夫多妻制。夫一人に妻沢山。その逆で妻一人に夫沢山。一妻多夫制、なければ作ろう」
「お前……馬鹿じゃないのか?」
「何故?」
「それ、本気でいってるのか?」
「冗談でもこんなことは言わない。女神にかわって惜しみない祝福の代わりに惜しみない愛をジェネシスにあげる」
「セフィロスと同様の?」
「同じぶんだけあげる。そもそも私はひと昔……ざっと5000年くらい前は博愛の姫と呼ばれていたくらいでね。博愛をお前とセフィロスに絞れば重すぎるくらいの愛になると思うぞ。セフィロスは重過ぎれば重すぎるほど喜ぶが、お前は逃げていきそうだな」

そういってサラサはくすりと笑った。

「お前おかしい。どこかおかしい。なんだその性に関する奔放さは。おかしいだろ」
「神様ってもんはどこかおかしいもんだよ。ギリシャ神話のゼウスも性に奔放だ。気に入った女がいると妻がいるにも関わらず本能のまま女を抱いて孕ませて、何度女を泣かせてきたことか。そうだお前、それこそ自分のことモンスターだ化け物だと言っていたが、目の前にお前以上の化け物がいるんだ。なにを卑屈になっている? 私以上の化け物なんていないんだ、もっとしゃんとしろしゃんと。人間の腹から生まれてきたんだから堂々と人間ですといえ」
「お前は違うのか……?」
「私も母親の腹から生まれてきたが、祖先は違う。その祖先は私だからやはり私は母親の腹から生まれてきたわけではない」
「言っている意味がわからない」
「その辺りは複雑でな」
「……それも教えてくれるのか」
「知りたいなら」

大剣を消す。ジェネシスは動かなかった。
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