中篇1

□黒歌鳥
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ざわざわと華やかに賑わう大広間。きらびやかなシャンデリアが照らすのは華やかなドレスを纏う淑女とシックなタキシードを纏う男たちである。
大広間の中央では管弦楽団が奏でるに音楽に合わせて男女がワルツを踊り、壁の花と決め込んだ者たちが優雅に言葉を交わす。その隙間を縫うようにウェイターが忙しなく行き交っていた。
その大広間へ、男が一歩踏み出した。
カツン、とよく磨かれた大理石の床にこれまた磨かれた靴が音を立てる。
瞬間、広間は色めきたった。
今宵の宴に男は遅すぎる登場で誰もが彼の参加を諦めていたのだ。彼とパイプを持ちたかった男たちは意気消沈し、女も負けじと肩を落としていた。けれどもその男の登場で女たちは頬を染め、舞踏会場もにわかに活気づいた。
ワルツも終わり会場の視線を一身に集めるその男は詰めかけようとする淑女達に艶やかな微笑を浮かべて行動を制す。
そうして群れになる前にその中から抜け出した男は優雅な足取りで広間の中央へと進み壁の花を決め込む。
側にいる淑女のそわそわとした落ち着きのなさに小さく笑みを溢すとその女性はぽっと頬を朱に染めた。
男はウェイターが運ぶグラスをひとつ手にとって中身を一気に飲み干した。
その男、実に秀麗だった。美しく整った顔立ちに均整のとれたしなやかな身体つき。洗練された所作は文句の付け所がない。身に纏う全てが一級品で、けれどごてごてとした派手さを感じさせず、高貴な気品さえ感じられた。その中に混じる凛とした鋭さが更に魅力を放っている。
御歳26となる彼はこの国の5本の指に入る名門屈指の貴族の生まれである。血筋を最も大事とするこの国の、高貴とも言える血を受け継ぐ彼は国王に最も近い一族の一人であり、それ故に膨大な権力を持っていた。
国王からの信頼も厚く幾つかの領地も持っている。彼には後ろ暗い噂も後を絶たなかったが、所詮は噂の域を出ず、最近になってその噂は彼を妬んだ男が腹いせに罪を擦りつけようとした為のせいだと判明され今は身の潔白が証明されていた。
血筋、家柄、権力、容姿――全てを鑑みれば彼が女性達の視線を独占するのは当然で、独身であったからこそ尚更だった。
社交界で彼が流した浮名は数知れず――26となる今もそれは変わらず、彼の正妻の座を仕留めた者は誰一人としていなかった。故に女たちは今でも虎視眈々と狙っている。
正妻ではなく側室でも良い。寵愛さえ受ければ後はどうにでもなる。
華やかな影にそんな野望さえ見え隠れしていて、社交界とは何とも毒々しい場所である。それでも貴族と社交界は切っても切り離せないのだ。
ここでは情報と噂が飛び交う。貴族同士の交流は大切で、失敗すれば目も当てられない境地に追いやられる。それはどんなに地位があり権力があっても同じことで、男も女も粗相などしないよう最善の注意をしながら情報を手にいれ、或いは情報を流し、そうして自らの地盤を固めていく。
男は空になったグラスを弄びならがそっと聞き耳を立てる。壁際にあるテーブルの近くで女たちが口元を鮮やかな鳥の羽根の扇子で覆い隠しながらクスクスと小さく笑っていた。
5、6人の取り巻きの中でも彼女たちのリーダー格だろう一層派手な女が、男が身の潔白を証明するきっかけになった経緯をこと細かに話していた。
じっと凝視していると、彼女がこちらに気付きおっとりと笑った。
気付かれた以上無視するわけにもいかず男は輪の中へと入っていった。

「お久しぶりね、ミック候」
「お久しぶりです、マダム」
「声をかけて下されば良かったじゃないの。気付いていらしたんでしょう?」
「恐れながらマダム。楽しげに談笑されておられるのに、割って入る無粋な真似など出来ませんでしょう?」
「あら口達者なこと」

差し出された手を受け取って男は甲に口づけを落とす。
男がマダムと呼んだ女は近づくと耳打ちするようにひっそりと「愚かな男の顛末を語っていた所よ」と笑った。

「貴方も災難だったわねぇ」
「いえいえ、これぐらいどうってことはありませんよ」
「あらお強いこと。まぁ殿方がこれぐらいでへこたれていたら――それこそ彼のような体たらくであれば、やっていけないでしょうね」
「奥様、それで彼はどうなさったの?」

囃し立てる女は、嬉々として男を見上げていた。己の存在を主張するかのように。紅潮した頬は明らかに男を意識していた。
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