短編夢小説

□極彩色ロマンティカ
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「ティッキー、これあげる〜」

そう言ってロードは握りしめた手を向けてきた。ん、と言われてもその手の中にあるものが分からなければ安易に受け止めるわけにもいかず。小さなその手を見つめるだけのティキにロードはじれったそうに舌打ちをした。

「いいから手!」
「はいはい」

手のひらにころんと転がったのは緑色の包み紙に包まれたキャンディだった。

「なんだ?」
「この間、思いっきり笑っちゃったでしょ―」
「……」
「そのお詫びぃ」
「それがこれか?」
「ん」

ティキは頬をひきつらせて手のひらの上の自分に不釣り合いな2つの飴を見つめた。
ロードの示すこの間とはシェリルの家で開かれたお茶会の出来事だ。
事の発端はシェリルの押しに負けたティキの不本意な一言であるが爆弾を投下したのは目の前で笑みを浮かべる少女だ。
人に失恋だなんだと言ってはケタケタと笑うロードはそれから暫く止まらずにティキは非常に不愉快な思いをしたのである。
その詫びがこの2つの飴だというのか。
そういう気持ちでティキはじとりとロードをねめつける。しかしロードはニコニコと人好きのする笑みを浮かべ後ろ手を組んだ。

「僕がティッキーに真摯に謝ることも、お詫びなんてあげることも滅多に無いんだからとっときなよぉ」
「お前何気に自分が酷い奴だって言ってんの?」
「ティッキーへの扱いが酷いってこと教えてやってんだよぉ」
「そりゃどうも」
「言い返せよつまんないなぁ」
「残念なからオレはお前を楽しませるために生きてるんじゃないんでな」
「ティッキーのくせにぃ」
「はいはい」

むくれたロードにティキはため息をついて、2つの飴玉をポケットに突っ込んだ。

「ま、ありがたく貰っておくさ」
「始めっからそういえよ」
「じゃ―な」

脇を通り過ぎる間際にロードの頭をわしわしと撫でる。せめてもの腹いせに乱暴に髪を乱してやれば煩わしそうに手を叩かれた。









屋敷を出たティキは特に行く宛もなくさ迷い歩き、やがて辿り着いた街路樹の立ち並ぶ閑静な並木道を歩いていた。
大通りに面してはいるものの右手側には豪邸が建ち並び威圧感を醸し出しているせいもあってか、人の流れは全て道を挟んだ反対側に寄っている。
見た目だけは貴族の恰好をしていたティキは特に気にすることはなかった。もっとも白の時の服装をしていた所で特に気にすることもないだろうが。

「暇だ……」

呟いた声は風に流される。
千年公から与えられた意味不明の休暇。それをどう消化すべきかティキは悩んでいた。
方舟から戻ってきてからというものまともな仕事などひとつも与えられなかった。代わりに与えられたのはこの間のようなかったるい仕事ばかりで。
世界は穏やかだった。
アクマや自分達の存在などまるで最初から存在していないかのように不気味に静かで、身体を撫でる風はどこまでも優しくて太陽は温かいくらいに眩しい。
それがなんだかむず痒い。
不透明で不鮮明になってしまいそうな、言い表すことの難しい焦燥感。
見えない何かに押し潰されるような圧迫感。
どれも覚えがないことばかりだ。
埋めなくてはいけない。でも何で埋めればいい。
――何を埋めるというのか。
馬鹿馬鹿しいとティキは吐き捨て空を見上げる。ティキの心情とは裏腹に空は清々しいほどの快晴で恨めしい。
少しはあの青色が歪めば良いのだと八つ当たりのように睨み付けた刹那、本当に青空が揺らいだ。

「……は?」

バサバサと揺らいだ鮮やかな空が落ちてくる。
落下。
その脳裏を過った二文字にティキは避けようと後ろへと下がった。距離にして僅か3歩ほどである。
しかしだからこそ見えたものがあった。
降ってきた空。それはただのシーツだった。例えばベッドに敷いてあるような、しかしそれにしてはサイズの大きい、それ。
空と間違えたのはシーツがいっそ芸術品と賞しても可笑しくないほど美しすぎる青色をしていたからだろう。ティキの目が狂ったわけではない。
そしてシーツは本来の落下速度を裏切って急降下した。
受け取るべきか、落下するのを見過ごすべきか。選ぶは後者だった。
あれは、何か厄介事の匂いを孕んでいた。関わるべきではないとティキの本能がそう告げる。然るべき判断のちティキは更に2歩下がろうとして―――。

「ッ……!」

気付いたそれにティキは慌てて腕を突き出し前へと足を踏み出した。






墜落、スカイブルー
その瞬間、ドシンという鈍い音が辺りに響いた




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