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□Whatcha' doing to me?
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「‥‥‥‥」



特にこれといって変わったわけでもない私。いつまで経っても私は、私。そう思ってた。


家まであと5分。
お気に入りの曲を選んで、ボリューム一つ上げて、リズムに乗って歩く。

これも変わらない。
いつもの私。



「(あれ?)」



ふと、前から来る男の子を目が映した。色素の薄い髪に、整った顔立ち。どこかで見たことある‥‥



「あれ?名字?」


「えっ‥‥」


「俺のこと、忘れてへんよな?」


「‥‥‥」



しばしの間――しかし、すぐに思い出した。



「白石、やんなあ‥?」


「はっ‥良かった。忘れられてたらどないしよかと思うたわ」



にっこり、と綺麗に笑う彼に私は慌てて顔を逸らす。

白石は小学生の時にいわゆる“お受験”をし、結果、四天宝寺に入学したと聞いていた。



「久しぶり‥‥背、伸びたんやね」


「名字も背伸びたな」



白石に好意を抱いたことはなかったけれど、あまりに綺麗な顔立ちだから目を見て話が出来ない。



「‥なあ、名字。」


「ん?」


「ちょっと時間ある?」


「時間?別に有るけど‥‥」


「家、来ない?」



家‥‥か。何故いきなり家なのか、という疑問が顔に出たのか白石が慌てて口を開いた。



「テスト近いねん。ちょっと一緒に勉強出来たらええなあ、と」


「あ、そうなんや。別にええよ。」



思春期の男子の部屋に女子、と言ってもさほど危機感はなく。
まあ、私も白石を信用していたから。



「ほな、来て」



ここら白石の家は近い。
白石の二つ下の妹、由香里ちゃんとは仲が良かったので何度か家に来たことがあった。



「学校、どう?」


「普通。白石は?」


「俺も普通やで」



他愛のない会話も何だか懐かしくて、少しだけ気分が高揚してくる。



「上がって」


「あ、うん。お邪魔しまーす‥」


「今、俺以外おらんから」


「うん‥‥」



玄関を入ってすぐの部屋に案内され、勧められた近くの椅子に腰かけた。



「俺の部屋。特にこれと言って、ないけどな」


「そう、かなあ‥」



ぶっちゃけ男の子の部屋に入るのが初めてで緊張していたりする。なんて受け答えすべきかもわからない。



「ん、」



不意に感じた気配に振り向けば、猫が一匹いる。真っ白でふわふわな猫。



「か、可愛い!白石猫飼ってたん?」


「俺が中学入ってすぐな。」


「名前は?」


「エクスタ。」


「ちょっと‥何やのそれ」



もっとかわいらしい名前かと思うたらエクスタって。笑ってまうわ。



「エクスタ、上品なのはええねんけどあんま跳ばないねん」


「跳ぶって‥‥きゃっ!」



突然白石の方に向かってジャンプしたエクスタをまじまじと見た。今本当に跳んだ‥‥。



「すごー!」


「アホ。他の猫はもっと跳ぶねんて。ほら、エクスタまだまだやなあー」


「可愛い‥‥」



白石が腕を振るのに合わせて、エクスタもぴょんぴょんっ、と腕めがけて跳んでいる。



「にゃあー」


「あ、こっち来た」



ぽてぽて、と歩いて来たエクスタを抱き上げ、ふわふわな毛を優しく撫でる。



「可愛えやろ?」


「うん、めっちゃ可愛い!」


「‥‥エクスタ、今から俺ら勉強するからあっち行き」


「あっ」



私の腕の中にいたエクスタは、白石によって簡単に取り上げられ、部屋の外へと追い出された。



「‥‥‥‥」



パタン、と閉められたドアに急に部屋の窮屈さを感じる。部屋が狭いわけじゃない。



「(なんか、変な感じ‥)」


「名字、志望校は?」


「え、えっと‥‥まだ」


「さよか」


「白石は?」


「一応決めとる。薬剤師になりたいから理系で難しいねんけど。」


「え、すご。さすが。」


「何でやねん」



ふっ、と苦笑いをする白石につられて私も笑う。
でも白石ならどこでも受かりそうやねん。やから凄いって言うたんやで。



「‥‥名字、」


「えっ‥何?」



隣に座った白石との距離はさっきよりも近くて、何だか変に緊張してしまう。



「‥今、彼氏とかおるの?」


「えっ‥‥いないよ‥‥」


「好きな人は?」


「いない‥」


「ふーん」



少し楽しそうに笑った白石の心が読めなくて、私は慌てて聞き返した。



「白石は?」


「俺?一ヶ月前に別れたばっかりやで」


「へえ‥」



何だか更に空気が重くなった気がする‥‥。てか白石、彼女いたんや‥。まあ、こんな綺麗な顔だしいない方が不思議やんな。



「なあ、名字」


「え、えっ、な、何、」



ぐっ、と近付けられた顔に慌てて頭を引いて距離を取る。



「抱きしめられたことある?」


「え?な、ないよ‥」


「抱きしめたるよ」


「はっ?」



聞き返した瞬間、白石が椅子から立ち上がり私を抱きしめてきた。



「‥‥‥‥」



びっくりして、どうしたらいいのかもわからなくて、胸板を手で掴んでいた。



「名字、」


「!」



至近距離に白石の顔が有り、慌てて顔を逸らす。何これ、怖い。



「キスしよ」


「えっ‥‥はっ‥‥な、い、嫌や」


「何でや」


「何でって‥‥」


「怖いん?」


「怖くなんか、ないわ」



馬鹿にしたような言い方にムッとして言い返す。



「なら、ええやろ」


「あ‥‥」



後頭部を掴まれ、軽くキスをされた。うわ、私のファーストキス返せ。



「口開けて」


「い、や」


「開けぇ、って」



嫌や、という暇もなく口を開けさせられすぐに白石の舌が入ってきた。

気持ち悪、キスってこんなに気持ち悪いんか。



「‥‥‥」



うっすらと目を開け、白石の顔を確認しようとした瞬間、完全に目が合った。



「はっ‥‥目、開けれる余裕あるねんな」


「はあ?」


「好きやで、名字」



再び深くキスをされ、とにかく鼻で息をして耐え忍ぶ。


頭の中で、白石の好き、がこだまする。ねえ、それは何の好きなん?



「はあっ‥」



ようやく終わった、と思って息をついた。何なんもう‥‥勉強ちゃうの?腹立つわー。



「‥何、安心しとんの?」


「え?」



腕を引っ張られ、立たされたかと思うとそのままベッドに押し倒された。



「‥何するん、」


「さっきの続き」


「ちょっ、いい加減に‥」


「なあ。俺ホンマに名字好きなんやで。」



好き、という単語に抵抗する手を一旦止めて白石の顔を見る。

熱に受かれたような、そんな顔。余裕ない顔。



「嘘や」


「嘘ちゃうわ。小学校ん時からずっと名字のこと好きやねん」


「‥‥嘘や、そんなん。嘘」


「嘘ちゃうて‥」



再び抱きしめられ、そのままキスをされた。また深く。逃がすまい、と白石の腕の力が強まったのもわかった。



「背中に手、回してよ」


「‥‥‥」



何だかそれはさすがに負けた気がしてしたくない。恋人でもないのに。



「‥ま、ええけどさあ」



不意に着ていた学ランを脱ぎ、シャツだけになる白石。



「‥‥何、しとんの」


「‥‥‥」



リモコンで明かりを一つ消した白石に慌てて起き上がるも、すぐに抱きしめられ元に戻される。



「白石‥?」


「‥‥‥」



黙って私の顔を見ていた白石が、急に私のリボンに手をかけた。慌てて手を掴もうと抵抗するが、まるできいていない。



「白石、嫌や!やめて!」


「今更、遅いわ」



先程、久しぶりに会った時のように、にっこりと笑った。
でも違う。この笑顔は違う。



「‥‥好きやで、名字」




Whatcha' doing to me?

(私をどうする気?)
(決まってるやろ)
(わからないなんて、)
(言わせない)




fin.


→あとがき



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