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□照れ隠し
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「謙ちゃん」



俺をこう呼ぶのは、多分世界で一人やと思う。長らく(と言っても15年だが)生きてきた中で、この呼び方は名前からしか聞いたことがないからだ。



「何や」


「アンタ、さっき理科室に筆箱忘れてたでしょ。よくさっきの時間筆箱無しで授業受けられたよね」


「お、サンキュ。さっき体育やったから、筆箱無くてオッケーやったんよ」



こいつ――名前は、俺の所謂『幼なじみ』や。小さい頃から大阪にいるが、両親は生粋の東京人。だから彼女も、標準語を話す。昔からの仲は、中学三年になった今も変わらず、仲がいい。ただ、仲がいい割に俺らはよく些細な事で喧嘩をするねん。



「謙ちゃん、昔からそうだよね。何か一個覚えると何か一個忘れちゃうんだから」


「は?!そ、そんなことないわ!」


「え、そうじゃん。よくお使いで、3つ頼まれると必ず2つしか買って来られなくて。結局私がもう一個買いに行ってたんだから」


「なっ……!そんな事言うたら、名前なんか「一人でお留守番怖いー」とか言うて、よう俺のこと家に引きずり込んだやないか!」


「そ……それは、小さかったんだからしょうがないでしょ!今はもう大丈夫だもん!」


「それはどうかな。お前、気付かれんようにさりげなく俺ん家来てる時……アレ、一人で留守番しとる時やろ。さすがに家に引きずり込めなくなって、今度名前が逆に来たっちゅー話や」


「そんなの、たまたまだもん!」


「名前のオカンが言うとったし。大体普通に気付くわドアホ」


「ううう……!」



勝った。
今回の口喧嘩は、どうやら勝ったらしい。耳まで真っ赤にさせながら、何か言い返してやろうと、名前は考えているみたいだがどうも思い浮かばないみたいで、「うー」だとか「ああああ」だとか唸っている。


こいつは昔っから、負けず嫌いやねん。今みたいに懲りずに反撃したれええ!って向かって来たり、グーで俺のお腹にパンチ入れよったりするねん。そういうとこは、可愛えっちゃあそら可愛えねんけど、こいつに関する悩みの種やねん。

あともう一つは―――



「こらこら、そこの幼なじみ二人。廊下で言い合いなんてみっともないやろ」


「あ、蔵ちゃん」


「白石、」


「名前ちゃんも。女の子なんやから、あんまり大股にならんの」


「わ、わわっ!」


「………」



白石の指摘に、名前は真っ赤になりながら慌てて足を閉じた。別に立っているだけなのだから、大股だろうが足を閉じていようが大して変わらんような気ぃすんねんけど。そこはさすが白石、と言ったところか。紳士から見ればアウトらしい。



「ほなな、名前ちゃん。謙也と仲良うするんやで」


「うん!」



相変わらず紳士的に、颯爽と去って行った白石を見送り、俺は静かにため息をついた。何を隠そう、名前に関するもう一つの悩みの種っちゅーのはコレやねんから。



「…?謙ちゃん?何ため息ついてんの」


「別に」



以前、名前に聞いたが別に名前は白石が好きな訳ではないらしい。なら別にええやないか!と思うかもしれんが、何故かこいつらは名前でお互いを呼び合う。よくわからん。まるで、



「(そう、幼なじみでもないくせに、俺と名前みたいに)」


「謙ちゃん、何さっきから一人で百面相してんの。それギャグ?ギャグのつもりなの?微妙ー」


「はあっ?!別にギャグちゃうし!ちょっと考え事しとっただけやから!お子ちゃまなお前にはわからんよーな難しい事や」


「何よ!いつも馬鹿にして!謙ちゃんのが馬鹿なくせに!」


「あっ」



タタタタッ、と小走りに自分の教室へと走って帰ってしまった名前。何やあいつホンマようわからん。困るわ。

とは言え、実を言うとずっと前から俺自身の悩みの種になっとることが一つある。それは、俺が名前を好きっちゅーことや。我ながら悪趣味やと思うが、好きになってからはホンマにずっと好き。ゾッコン状態だ。俺がもっと素直になれたらな……いや、やっぱアイツにも問題は有るわけで。



「名前!待ちぃ!とりあえず、筆箱返しなさい!」


「あ、しまった。」



名前から筆箱を受け取り、今度は素直になってやろう。と、笑顔でお礼を伝えた。やれば出来る。そう、やはり俺はやれば出来るんや!つまりいつも元凶は名前に有るんやなあ。



「何でそんな笑顔なの。気持ち悪い」


「……………」


「むっ?!いたたた!いたた!痛い痛い!首締めないでえええ腕がああ!謙ちゃんギブギブギブ……」




照れ隠し

(そもそも素直になれない理由)
(それをわかった時に、多分、)
(俺らは漸く通じ合うんじゃなかろうか)
(字余り…)


→あとがき



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