SS-Novel

□たとえ倒れても。
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「あぁぁぁぁ…。」

玄関口で妙な声を出し、しゃがみ込む。

気まずい、なんて生易しいもんじゃない。

よりにもよってな人と、"酔ってヤっちゃった"、とか。


――洒落にもならないし。


奈落の底に落とされた様な気分で"あの人"の部屋を出て、いつまでもしゃがみ込んでる暇はない、と立ち上がった。

エントランスを出ると、"お前は馬鹿か"、と、言われていると勘違いできる程に犬に吠えられて。

近づいてくる電車の警報音には、"バーカ"、と、言われている様な気がして。


――しかも、だ。


こっちに来てから誰にも見せていない"弱み"まで晒す結果となってしまったことが。
私を更にどん底まで私を落としていった。




私の暗い気分とは逆に、快晴の空。

いつもこうだ。泣きたい時に限って絶対に雨は降ってくれない。

貴方に"さよなら"を告げた時も。


雨が降ってくれていたら、素直に泣けていたかもしれない。

雨のせいにして涙を流すことができたかもしれないのに。

だけど、どこまでも素直じゃない私は。


『もう、好きじゃない。』


なんて、嘘もいいとこな言葉を吐いた。



――馬鹿、みたいだ――。



本当は、"あの人"を一目見た時。司狼の面影がチラついて泣きそうになった。


――思い出しちゃったじゃない…。




「さ〜きッ!」

「…おはよ。」

「暗ッ!何その顔!」


仲のいい同僚にそっけなく、別に、と答えて制服に袖を通す。冷たい裏生地に震える身体。


――寒い、な。


この制服も。寧ろ、この状況が。

仕事前に髪を整え、鏡に写った自分を見ると、酷い顔をしていた。

こんな顔で仕事はできない、と両手で頬をペチッと叩いて気合いを入れ直して。


――よし!


入れ換えた気分でいつもの猫かぶりな笑顔を張り付け、事務所の扉を開けた。


「おはようございます!」


空元気丸出しの挨拶をし、配置が書かれた紙を見る。

頑張ろう、と、気合いを入れたのも束の間。
私の顔に、苦笑いが貼り着いてとれなくなるんじゃないか、と、思える上司の言葉が耳に飛び込んできたのだった。


「お、野村。お前今日、小部屋な。」


その配置は、と、目を再び紙に落とす。


愕然とする言葉、指示、命令――。


理由を問う気力も失せ、ただ愕然としていると。

更に私を石像の様に固める声が耳元で、私の鼓膜を震わせた――。



「そういうことだ。ヨロシクな?――早紀――。」





【END】



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