ファンアル

□遠く来たりてのち
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新婚さんみたいだね、などという。
お前の発言は、軽く流して。
俺は眩暈のする思いで、目の前の建造物を見上げた。

身長の、三倍はあろうかという塀に。
門番小屋のついた、分厚い門扉。
極めつけは、清水を引き込んだ堀だ。
屋敷そのものは、林の向こうに建っているらしい。
ここからでは、片鱗も覗うことは出来なかった。

……手の届く範囲の家がいい、と希望を出したのだが。
戦後、俺がクロスガードから支給された自宅は。
凄まじい規模ものだった。

この構えの入り口に、家そのものは2DK。
などということは、……まさかないだろう。
清掃に専門のスタッフを雇えば、それだけ金が要る。
俺たちクロスガードの生活にかかる一切は、国庫が面倒を見ているのだ。
……国民の税金で、俺は自宅を掃除する羽目になるのか。

ありえんな。
なるだけ、使用する部屋の数を減らそう。
休日には、生活範囲だけでも自分で掃除しよう。

しかしこの庭の広大さはどうだ。
とてもじゃないが、一人では管理できないぞ。
庭師は俺の給料で雇おう。
組織には、きちんとそれを許諾させなくてはな。
英雄、などと祭り上げられて。
贅沢が身についてはお終いだ。

「広くて立派で、お城みたいだねぇ」
きつい勾配の小路を進みながら。
木漏れ日のしたで、お前は微笑んだ。

……まぁ。
こんな家、俺は御免だが。
この男には、ちょうどいいのかもな。
城に住んでいたことのある身だし……。
手狭では、息が詰まる。
そういう気質だろう。

門扉までが、既に。
相当、急な坂道だったのだけれど。
敷地内に入ってからも、道はゆるゆると上り続けていた。
屋敷は、山懐に抱かれて建つのだと聞いている。
しかし……これは相当に山深い。

「この地形を使って、戦術でも練ってみるか?」

軽口のつもりだったが。

「ぅん、攻める?護る?……どっちも出来るよ」

しれっと。
悪びれない答が返って来た。
この男の頭から、戦争が離れることはないらしい。

終戦。
かれにとっては敗戦だ。
それから、……一年。
まあ。
そんなものなのか。

「冗談だ」
苦笑いが出た。
そうしたら、お前も。
「知ってるよ」
ふふ、と微かに笑いながら応じる。
……どうしても、そちらが一枚上手だな。

道は不安定で。
九十九折。
馬車は到底進めない為、俺たちは徒歩である。
案内の者は、最初からつけていない。
お前を。
……あまり、人目に曝したくない。

自然と人工の入り混じった、緑の景色から。
土のいろから。
せせらぎの弾く陽光からも。

……どこか浮く、白雪の髪。
磁器に似た頬。
稀少な鉱石を思わせる、深紅の眸。
しなやかな長身。
かたちのいい掌。

つくりものめいた容姿は、何処に居ても人目を引く。
けれど。
この男は。
先の大戦で敗軍の側を率いた、大将のひとりである。
……勝者の側に在る、……在り続ける俺が。
連れて歩いてよい存在では、決してなかった。

どこか、るんるんした足取りで。
……背だって俺より高くて、歳だって上のお前が。
どうにも子供のように、軽く跳ねたりして。
それが。
ふと。
止まった。
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