ファンアル

□微熱抱擁
1ページ/8ページ

冷え切ったお前を抱えて、どうにか風呂場まで引きずる。
あとは。
……全身に雨を浴びて、肌の一部であるかのようにへばりついた服をひっぺがして。
湯船に漬けて。
……一大事だな。
俺はこの先の作業の困難さを想像して、かるく溜息を吐いた。

これで立場が逆さなら。
お前は俺を軽々と横抱き(お姫様抱っこ、と俗な呼称を使いたがるが)にして。
服を脱がす手順だって、慣れていて。

……不毛だな、止そう。

着衣を剥ぐ段で、傷の深さを確かめる。
ここまで担いで帰る過程で、塞がっていない傷口のないことは確認済みだったが。
……結構、あちこちやられているな。
自分を大事にする生き方を。
こいつにはもうちょっと、しっかりと教えないとな。

とりあえず、大変なのは発熱だけか。
風呂は疲れるし。
手早く済ませて、寝かしつけないと。
まったく。

本当に手のかかる。

……そういえば、お前の裸をまじまじと見ることというのも。
珍しい、ような……?
普段は、俺ばかりが脱がされて。
お前は、着衣を乱すこともあまりない。

安心したら、急に。
おかしな方向へ考えが及んで。

……それどころじゃない!!
慌てて振り払う。

お前を担いで湯船に入れて。
俺は先にシャワーを使うことにした。
こちらも、雨の中を長く歩いて、冷え切っている。
暖かいお湯を浴びると、生き返ったような心地がした。

……そういえば、この男も髪までずぶ濡れなのだった。
寒かっただろうな。
指先とか、冷たくて。
震えていて。
そんな状態で、それでも俺を呼んで。

「アルヴィス君。……あいたかった」

なにもかもが真っ白な雨の中で。
鮮烈な紅の眸。
熱に濡れて。
……妙な色香を放つ。
囚われてしまいそうな。
綺麗な。

……いや!!
だから!
何を考えているんだ俺は?!
頭からシャワーをかぶって。
それから、ファントムにも。
ぎんいろの髪から、雨の冷たさを駆逐するみたいに。
丁寧に、丁寧に。
あたたかな雫を。

「……ぅん……、」

うっすらと。
眠っていたお前が、目を開けた。
磨きぬかれた宝玉のような眸が。
熱に潤んだ、やけに艶めいた眸が。
俺を。

……射抜く。

ちゃぷ、と。
湯の底に沈めていた右手で。
俺の手首を捕えて。

頬に触れて。
くちびるに触れて。
ごく自然に、俺は引き寄せられていた。

湯船越しに、くちびるを合わせる。

やめろ、と。
普段なら小言のひとつでもくらわせるところだが。

(あいたかった)

雨滴のむこうで微笑ったお前が、あんまり寂しそうだったから。
今日は。
……別に、いい。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ