HOLLY NIGHT〜T〜

12月、それもクリスマスともなれば、街の空気も華やかに彩られる。
街路樹はキラキラとしたイルミネーションを纏い、立ち並ぶショプの
ショーウインドウは様々なクリスマスのディスプレイで埋め尽くされている。

冬の早い日暮れに空が夕闇に染まり始めれば、街は更に煌めく輝きに覆われていく。

蔵馬は、そんな何処か浮かれているような街並みの中を、一人歩いていた。
今日は休日ではあったが、年の終わりは何かと忙しい。
あと3日もすれば義父の会社も年末年始の休みに入る。
それまでに片付けてしまいたい仕事が幾つかあったので、
今日も自主的に休日出勤にした帰りだった。


義父の経営する会社を手伝うようになってから5年。
今年の春から蔵馬は一人暮らしを始めた。
家族が住む家からは、電車に乗って数駅ほど離れた街。
その街の駅から歩いて10分程度の場所に、マンションを借りて住んでいる。

都会からそこそこに離れたこの町も、例外なくクリスマスムードに包まれていた。
雑誌に載っている有名なレストラン等ではなく、地元でゆっくりとした時間を
過ごすことに決めたらしいカップルの姿も、チラホラ見受けられた。

駅の周辺にはアーケード上に並ぶ商店街がある。
その中には、美味しい料理を出すレストランやカフェも幾つかあって、
蔵馬はよく仕事帰りに立ち寄っていた。
だが、流石にクリスマスに一人で外食するのは気が引ける。
今日はこのまま帰って、家にある適当な食材で夕飯は済ませてしまおうと、
蔵馬は冷蔵庫の中味を思い出しながら歩を進めていく。
ふと、足元に小さな人形らしき物落ちているのに気が付いて、足を止めた。

周囲を見渡すと、すぐ側にあるファンシーショップの入り口に、
蔵馬の背丈よりも少し高い大きさのツリーが飾ってあるのが目に入った。

幾重にも巻き付けられた金や銀のモールの間から、サンタクロースや
天使を象ったオーナメントが見え隠れしている。
きっと、この人形もそこから落ちた物だろうと、足元からそれを拾い上げた。
人形は一体ではなく、寄り添う恋人同士をモチーフにしたものだった。
男性とみられる人形の、毛糸で出来たツンツンと跳ねている髪の毛と
首元の白いマフラーが、ある人物を連想させて、蔵馬は口元を緩める。
最もその人形のマフラーは、寄り添う恋人の首元にまで伸び、
仲良く二人で一つのマフラーにくるまれている形ではあったけれど…。



“恋人”と呼んで良いかは解らないが、聖夜を共に過ごしたい大切な人ならばいる。
ただその人物は今この場所どころか、人間界にさえいないだろう。
大切な、蔵馬の『想い人』。彼は魔界の住人、“妖怪”であるのだから…。
それでも…、それでもほんの少しは期待し、一緒に過ごしたいとは思ったのだ。だけど…。


一週間前のあの日ーーーー



薄暗い部屋の中に、携帯の着信音が響き渡る。
そのメロディが、母志保利からの受信を示していたから、蔵馬は
少しばかりふらつく足で、携帯に出た。
何時も通りの息子の体調を案じる言葉から始まって、
他愛のない会話が続けたあと、志保利が訊いてきた。

「そうそう、来週のクリスマスには、帰って来れるのかしら?」

クリスマスを家族で過ごすことが、志保利の楽しみの一つで
あることを蔵馬は知っている。
南野の家にいた頃でも、志保利はクリスマスには必ずケーキを焼いて
ささやかながらも親子二人だけでの小さなパーティを楽しんだ。
再婚してからは、家族が増えて少しだけ盛大になったパーテイで、
彼女は少女の様に顔を輝かせながら、
部屋の飾り付けやツリーの準備をしては、張りきって料理を作っていた。
そんな母の様子を見るの嬉しくて、蔵馬も毎年一緒にツリーの飾り付けを手伝ったりもしたけれど…。

返事をするのに少しの間が空いた。
一人で暮らすようになり、初めて迎えるクリスマス。
特別な計画を立てていたわけではない。
……でも。

「秀一?」

受話器の向こうに戸惑う空気を感じ取ったのか、志保利が息子の名を呼ぶ。

「…えっと、今年はその…。どうせ数日後には休みに入るし…」

珍しく歯切れの悪い調子で語る息子の言葉に、志保利は少し首を
傾げたようだが、ふと何か思いあたったらしかった。
携帯の受信口から、フフフと軽やかな笑いが漏れる。

「あら、まあ…っ。そうよね、秀一も、もういい加減にお年頃ですもの。クリスマスには
他の予定が入ってしまっていても当たり前よね。母さんが気が利かなくて悪かったわ」

志保利が何を思ってそう話しているのかは容易に想像できたが、どことなく
嬉しそうな声に今更否定するのも躊躇われて、蔵馬は言葉に詰まってしまった。

志保利は、それを肯定と取ったらしい。

「年末には必ず帰っていらっしゃい」との後に悪戯っぽい口調で一言付け加えた。

「秀一の大事な方によろしくね」

そこで通話は切られたが、蔵馬は手の中の携帯を少しの間見つめてしまった。
ひょっとしたら、母には解っていたのだろうか?
その“大事な人”が、今この部屋にいるということに…。

「話は終わったのか?」

すぐ真後ろから声が聞こえる。
蔵馬が振り向く前に、背後から伸びてきた手に、携帯を取り上げられた。
すぐ横のサイドテーブルに携帯を置いた手は、そのまま蔵馬の腰に回される。
蔵馬が僅かに身動ぐと、身体に捲いてあったシーツが肩から滑り落ちた。
その下から現れる白い素肌。
背中から蔵馬を抱き締めた手の持ち主は、目の前にある滑らかな肌に
唇を落としゆっくりと舌を這わせた。

「あ、やっ、…飛影っ」

志保利は女性特有の勘というもので、息子の『大事な人』が
すぐ側にいることに気が付いたのかもしれない。
でもまさか相手が妖怪で、電話で話をする直前まで、息子がその妖怪に
“抱かれて”いたなんて想像すらしないだろう…。

「ちょっとっ、待って…、飛影ってば…っ」

肌を辿る手に、いとも簡単に静まっていた熱を呼び覚まされてしまう。
つい先程まで、飛影の唇と手によって、蔵馬は身体の全てを愛されていた。

求められる激しい熱情が一段落し、その腕の中で乱れた呼吸が
どうにか落ち着きを見せた頃に、志保利からの電話が掛かってきたのだ。

柔らかく自分を抱き締める飛影の腕の温もりから抜け出し、
取り敢えず手近にあったシーツを身体に羽織るように巻き付け、電話に出た。
普通なら、睦み合った直後に他人と関わり合うような事を、飛影が許すはずもない。
だが、電話を掛けてきた相手が誰だか飛影にも解っていたのだろう。
微かに眉根を寄せただけで、飛影は蔵馬を解放した。
電話中、ずっと背後からの視線は感じていたから、飛影にしてみれば
随分とおとなしく待っていたのかもしれない。

「あ…っ、んんっ、や、ひえっ、い…」

背中から抱き締めて、蔵馬の身動きを封じた上で、
飛影は前に回した手で蔵馬の敏感な部分を探る。

飛影の腕から抜け出した、空白分の温もりを取り戻すかのような性急な愛撫に、
蔵馬の身体は揺れて素直な反応を返すが、快楽に流される意識を必死で抑える。

「だからっ、飛影…、待って下さいってば…っ。ちょっと、訊きたい事が…!」
「……何だ?」

少し不機嫌になりながらも、動きを止めた手に、蔵馬はホッと息をつく。
一呼吸置いた後、蔵馬は口を開き喉元まで出掛かった言葉を、はたと止めた。

ーーー来週のクリスマスは空いていますか?

訊いてどうしようというのだろう…。
久しぶりに飛影に愛された幸せと高揚感。そして母との電話。
それらについ浮き足だってしまったが、そもそも魔界に『クリスマス』等、存在しない…。
それに、…そう“久しぶり”なのだ。
年の瀬になると人間界の空気はざわめき、『気』も乱れてくる。
『クリスマス』も、もちろんその原因の一つなのだろうが、
問題は、乱れた気は人間界のあちこちに歪みを生じさせる。
結果、魔界に落ちてくる人間の数も増えてくるのだ。
ここしばらく飛影の訪れがなかったのも、魔界でのパトロールに
いつも以上に駆り出されて忙しかった為だ。

冷静に考えれば、クリスマス当日、さらに人間界が
お祭り気分に盛り上がる日に、パトロールを休める筈かない。
今日ここに来た時も、朝が来る前には魔界に戻ると言っていた。
きっと、かなり無理をして時間を取ってくれたに違いないのだ…。

訊きたいことがあると言いながら黙っている蔵馬に、飛影は眉を寄せ声を掛ける。

「蔵馬?」

訝しげな声に、蔵馬は知らずに俯いていた顔をハッと上げた。

「あ、あの…」
「訊きたい事があるんじゃないのか?」
「あ、ハイ…。ええと、その…」
「…どうした?」

飛影は蔵馬の身体を自分へと向き直らせ、その顔を覗き込んだ。
紅い瞳に見つめられ、蔵馬は更に口籠もる。

「蔵馬…?」
「…あのっ、お腹空いてませんか?!」
「……さっき、ここに来てすぐに飯は食ったと思ったが…」
「あ、そうでしたね…。えっと、そうだ、シャ、シャワー浴びませんか?
汗もかいた事ですし…。何ならお風呂も湧いてますしっ」
「…………それが、お前の訊きたかったことか?」
「……ええ、まあ…」

飛影はしばらく蔵馬を見つめ何か言いたそうではあったが、蔵馬が
目を逸らさず飛影の目を見つめ返すと、ややしてフッと短い息を漏らした。

「…そうだな。風呂に入るのもいいだろう」

飛影はそう言うと、蔵馬の腰の下に手を回し、その身体をヒョイと担ぎ上げた。
そのままスタスタと歩き出したので、蔵馬は少しだけ慌てる。

「あのっ、飛影っ。貴方が風呂に入るとして、何でオレまで連れて行かれるんですか!?」
「お前も一緒に入るからに決まっているだろうが」
「……飛影と一緒だと、“風呂に入る”だけでは済まなくなる気がするんですけれど…」
「当たり前だ。途中で二度も肩透かしをされた責任は取れ」

当然とばかりに言い放つ飛影に、蔵馬は眉間にちょっとだけ皺を寄せもしたけれどーー
・・・・・ま、いいか。

此処で異議を唱えても無駄なのは解っている。
それに先程から中途半端に身体に燻る熱は、自分同じ…。
蔵馬はおとなしく風呂場へと運ばれる事にした。

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