月光



手を伸ばせば、いくらでも触れることができるのに。どうして心までは手が届かないんだろう。一番触れたい場所なのに。


 月明かりと、窓から吹き込む風で目が覚めた。窓際にはいつもの訪問者。闇にまぎれる黒装束も、これほど明るい満月の下では大きく映し出されてしまう。
「中、入ってくださいよ」
体を起こし促すと、大人しく上がりこんできた。怪我か厄介ごとか。それともただの暇つぶしか。飛影の表情で、大体の用件を感じ取ることができた。

 ただ今夜は違う。見たこともない顔をしていた。妙に苛立っているような、落ち着きの無い顔。こんな表情は初めてみた。

「飛影、どうした?」
怪訝な顔をして飛影の顔を覗き込んだ蔵馬が、力任せにベッドに押し付けられた。驚きで声もでない。
「…俺はどうしたらいい?」
さっきと同じ表情のまま飛影がつぶやいた。何のことか、理解することができない。ただ飛影の顔が怖かった。飛影を怖いと思ったことなんて、初めてだった。

「飛影、何のことだ?落ち着いて話を…」
「落ち着いてられるか!」
力任せにパジャマが引き裂かれた。床に転がるぼたんを目で追う。無防備なその首筋に、飛影が噛み付いた。痛みと恐怖で顔が引きつる。次に引き裂かれるのは、自分自身かもしれない。蔵馬は飛影の頭を両手で抱え込んだ。

「飛影、離せ!」
抵抗すればするほど、飛影の歯が首に食い込んでいく。飛影の下でもがくと、下着に手をかけられた。パジャマのズボンごと引き摺り下ろされる。ここまでされてやっと、飛影のやろうとしていることが理解できた。

 やっと飛影が口を離し、全裸の蔵馬を見下ろす。月明かりに白い肌が浮き上がっていた。それを見た飛影の目が赤く光った。
「自分のしていることがわかってるのか?」
責めるような口調じゃない。たしなめるように、優しくゆっくりと話した。

「俺は本気だ」
蔵馬の言葉には耳も貸さず、飛影は続けた。体中に乱暴な愛撫を繰り返す。いくら抗ってみても、ものすごい力で押さえつけられる。飛影が本気で自分を抱こうとしている。なぜ今…

 今まで二人で支えあってきた。無愛想で無口な飛影に対して、知的で社交的な蔵馬。ストイックに強さを求める飛影と、周りとの調和を大切にする蔵馬。陰と陽、影と光のように背中合わせで、互いの無い部分を補ってきた。支えあう気持ちが恋愛感情に変わるまでそう時間はかからなかったが、プラトニックな関係を続けることによって微妙なバランスを保っていた。

 それが今、崩れようとしている。飛影自身の意思によって。


 強引に裏返され、飛影が蔵馬の中に入ってきた瞬間、すべてが終わった気がした。これまで自分が抱かれてきた男の顔が頭に浮かぶ。すべて権力、財産、地位を持つ者ばかり。体は必要なものを手に入れる手段でしかなかった。愛するものとはあえて関係を結ばないことで、その愛情の深さを示していたつもりだった。

 うつぶせに抱かれ、顔が見えないことが幸いした。顔を見たら悲しくなる。自分を抱いているのが飛影だと、嫌でも実感させられる。今この状態で飛影を感じることができるのは、だんだんと荒くなるその息遣いだけだった。


 とうとう飛影が果て、つながれていた体がまた離れる。のろのろと体を起こし、今自分の身に起こったことを整理するのに時間がかかった。ぼんやりと自分たちを照らす月明かりを眺めていた。この月さえ消えてしまえば、さっきまでの行為もすべてなかったことにできるんじゃないかと思えた。

 不意に、後ろから羽交い絞めにされた。体がビクンと反応する。
「悪かった…」
背中に押し付けられた飛影の額が、少しだけ震えている。何といっていいのかわからない。普段達者な口が、まったく機能しない。

「俺は…いったいどうしたらいいんだ?どうしてお前は俺のそばにいるんだ?こんな感情は知らない。お前のことを思うと、頭がおかしくなりそうだ。おかしくならないために、俺はこうするしかなかった。ただお前のすべてが欲しかったんだ」
蔵馬が口を開かない分、飛影が珍しく多弁だった。沈黙に脅えているかのように。

 きつく抱きしめられている腕を、そっとほどき飛影と向き合った。裸の飛影が、月に照らされている。その目はまっすぐに蔵馬に向けられていた。さっきまでの目つきとは打って変わり、深い落ち着いた目をしている。

「飛影、あなたはなぜ俺を抱いた?こんなことをしたら余計につらくなるだけだ。いくら体が一つにつながれたところで、心まではどうしたって一つにはなれない。俺はあなたの心に触れることすらできない。体が一つになればなるほど、心が離れていることに気づかされるだけだろう?あなたの気持ちはうれしい。俺も心からあなたを愛している。でも…それがつらい」
泣き出しそうになるのを、必死にこらえながら言った。切なさに胸が張り裂けそうで、思わず飛影の首にすがりついた。こうして抱き合っていても、飛影の心に触ることすらできない。

 背中にそっと手が回された。優しく髪がなでられる。
「それなら、神様とやらに頼んでみるか。俺たちの肉体がいつか滅び、魂になったとき。そのときは俺たち二人を一つにまとめて、生まれ変わったら一つの肉体にしてくれと。そうすれば心も体もすべて一つになれる」
うなずくと、もう一度強く抱きしめられた。

「だからそれまで、体だけでいい。俺の一番そばにいてくれ。いつか心が一つに融け合える日がくるまで。俺もどんなことがあってもお前のそばにいると誓う」


 きっと満月がこの願いを神に届けてくれるだろう。心が一つに融け合う日まで、月に映し出される影はいつも二人一つでいることを条件に。





この作品は、以前私が『PEACH』様のキリ番を踏ませて頂いた際に、管理人である桃様が書いて下さった素晴らしいお話です。
・月明かりの下で
・ちょっと無理やり系
・互いに愛し合いながらも、一つにはなれないことに葛藤する二人
等々の、私の非常に細かく煩いリクエストに見事に応えて頂いた作品です。
私が初めて“キリ番”というものを踏み、リクをさせて頂いたお話でもあります。
この作品は、PEACH様のサイトでははすでに下げられていらっしゃいましたので、今回私が桃様にお願いして当サイトへの掲載を許可して頂きました。
桃様ありがとうございましたvvv


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