一次小説

□裂御霊
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 男はぎらりとした眼差しで、遠くを走る女を見据える。
 ただ、眈々と機を窺っていた。その女を斬り伏せる、その時を。

 絶好の機会だった。
 夏の最中、ざあざあと酷く冷たい雨の降る夜。虫の音や蛙の声さえ聞こえない。
 雨は何者かの作為かと疑ってしまう程に、時折ぴたりと止む。それは妙に気味の悪い時間を作り出していた。

 男の対象とする女は傘もなく、頭からずぶ濡れ。それに一人である。
 男は左手で、腰に収めた刀の柄をぎりと握り締めた。
 右手で耳に押し当てている携帯電話に怒鳴る。
「いつまで待たせるつもりだ」
『今評議している。もう少し待て、五刑』
 電話相手の男は冷めた声で、機械的にそう言った。
「待ては何度目だ。俺をお前達のイヌだとは思うな」
 皮肉の籠もった返答に、相手は深く溜め息を吐く。
『お前が斬ろうとしている御方が誰か、理解出来ない訳ではないよな』
「無論だ」

 五刑と呼ばれる男の雰囲気が、すうと変わっていく。
 雨がぴたりと止み、濡れた水色の髪から覗く、縦に裂けた瞳。
 言い終わると同時に、五刑は駆けていた。その速度は尋常と表現するには正しくない。
 まるで悲鳴を上げるかの様に、水溜まりが飛散する。

『何をしている。まだ評議の途中だ。戻れ五刑』
「お前達は何を勘違いしている? 最初から俺とお前達は同じ立場だろう。互いに命令をする権利などない」
『命令などしていない、警告だ。直ちに引き返せ! お前には、我らの判断が必要不可欠だ』

 些か感情的に怒鳴りつける電話相手とは反対に、五刑は冷静を取り戻していった。
 標的に近付く程、またも降り出した雨が次第に強くなる。
 激しい雨音は、懐に入れられた電話からの声を掻き消し、彼自身の足音さえも消した。
すらりと抜刀する音も然り。
 
方々の音に紛れ、一刀が振り翳された。
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