ギアス

□命をかけるほどの恋をしました。
1ページ/1ページ


ああ、このまま死んでもいいのに、と思ったことがある。
あまりにもしあわせでしあわせで、思わず口にだしてしまった。
自分に覆いかぶさる男はそれをみて、ふわりとわらった。
僕もだよ、と。
じくじくと熟れる果実のように、豊潤な時であった。
どんな季節であっても冷たさを保つこの体が、今は内側から噴きあがるようにあつい。
体をすべる掌も同じように熱くて、そこからまた火がともる。
その熱に涕がこぼれた。
自分だけじゃないのだと、こんなにも人に求められたことなどなかったのだから。
自分はここにいていいのだと、そう言われたような気がした。
ここが居場所だと、抱きしめられた腕の中でそう思った。

あの頃はきっと、何も見えていなかった。
よく考えればわかることだ。
熟れた果実の経緯など、腐敗の道しかないというのに。


「スザク、」


そう呟いてみても以前の淡い気持ちなど何もうかびはしなかった。
すべては凍ってしまった。
それは決して終わることのない冬のように、ルルーシュの心を凍てつかせている。
あの男に未練などなかった。
ルルーシュがしたことも決して許されることではなかった。
許されようとも思わないが。
だけどスザクがしたこともルルーシュの人間としての、『ルルーシュ』という人であることを奪う行為であった。
恨みはある。ただそれだけだ。
長い眠りから覚めたときにあったスザクへの感情は、もはやあの頃のものではなかった。
薄情と、言われるかもしれない。
あんなにあいしていたのにどうして、と。

あんなことをされてもまだすき、と思えるほどルルーシュの心は綺麗でも素直でもなかった。
スザクは無意識にそれに気づいていたのだろう。
だからそれを持っているユーフェミアに惹かれたのだろう。
その気持ちはルルーシュにもよくわかった。
だから、仕方ないと今はそう思っている。



もうわたしは恋をしない。
そう決めたのだ。
凍った心はもとには戻らない。
戻りたくない、信じて愛して、あんなにしあわせを感じて、そしてまた裏切られるのがこわい。
こわい、わたしはおびえている。
彼の広い海のように包み込む青い眸にみつめられるのが。
わたしはまたただのおんなになってしまう。
それはだめ、だから!




「馬鹿だ、ルルーシュは」
「……っ」
「そんな今にも泣きそうな顔して、俺のことすきだって顔して、
それでも自分に嘘をつくのか」
「ちがう…っ!わたしは嘘なんて…!」
「ついてるよ、でも、それでもいい」




顔をあげるとそこは炎の中のような気がした。
青い眸は包み込み、焔の髪はわたしを焼き尽くす。
凍った心が溶け始めるのを感じた。


「ルルーシュがすきだ」



ひどく真剣な顔。
頬をするりとなでた指先がひどく冷たく、震えていた。
以前触れたそれは暖かく、わたしの指を暖めたというのに。
彼はすべてを知っている。
スザクとのことも、ぜんぶぜんぶ。
それなのにわたしを好きだと言ってくれる。



「カ、レン…」



名前を呼んでしまえばもう、無理だった。
抑えていたものが音をたててあふれだす。
わたしはそれに溺れないようにもがかなければいけないのに、
どうしてもできない。
ゆっくりと沈んでしまいたい。




「俺がお前を守る。
だからお前も自分をまもれ」
「……しぬ、な」
「わかってる、お前をまもって死ねるなら本望だけど、
そんなのお前は望んじゃいないだろ」
「…っ、あたりまえだ!」


叫んだときに、堪えていた涕がこぼれた。
ぼろぼろと零れ落ちるそれをカレンはただ見ていた。



「…なあルルーシュ、お前の心がほしいんだ。
できるなら、形になったそれを身につけていたい。
そしたら俺はどんな事があったってそれを守るために生きるのに」



もう持ってるじゃないか、とは言えなかった。
言葉にする前に体が動いていた。
驚いたように見開いた眸がすこしおかしくて涙はすこしだけとまった。
ふれた唇はすこしかさついていて、それでもひどく温かかった。
そっと離れると、何かを我慢している顔がそこにあった。
男として、いろいろと我慢しているのだろう。
いつも熱情的なカレンがめずらしくセーブしている。
それは最初からわかっていたことだ。
ルルーシュの意見を、尊重しようとしている。
いつもはそんなの許さないとまでにからめとってくるのに、今日に限ってルルーシュに自由を与え泳がせている。
ルルーシュがゆっくりと溺れるのを待っている。



「今わたしはお前の心をもらった。
だからわたしは生きる、これを守るために」



もうすでに溺死だ。
わたしは自ら溺れるのを望んだ、この燃えるような海で。
だけどこんな広い海ではわたしの居場所など作れないでしょう?
だからそんな我慢など殴り捨てて、わたしを奪ってほしい。
そうしたら、あなたの傍が居場所だと思ってもいいでしょう?

死んでもいいのに、と思ったことがある。
だけど今は生きたいと思う。
わたしは命をかけている。
あなたが生きればわたしも生きる。
わたしが生きればあなたも生きる。
わたしは初めて、

をかけるほどのをしました。

(yes, your highness、恭しく触れる手の甲のくちづけではなく、
奪うようなそれだった)



>>End.



 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ