ギアス

□恋という文字の由来
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これでもう大丈夫だよー、というとその子はありがとうございます、とふんわりと笑った。
うわー美少女!とどきどきしながら、いえいえ当然のことをしたまでです、とどこか改まった感じで大げさに手をぶんぶんとふった。
その子は、高等部の方でしょうか…?と聞いてきた。
制服を着てるんだから、ともおもったけどその子の目をみてはっとした。
この子目が見えないんだ、足も不自由。
そういえば友達からうちのクラスの副会長の妹は美少女なんだけど目と足が不自由、でもすごいいい子、というのを聞いたことが
あるようなないような…。
ああでも、このこがあのひとの妹なんだっておもった。
似てないなーともおもったけど、やっぱ美形の家族は美形か、と納得してしまった。
高等部のひとでたぶんあなたのお兄さんと同じクラス、というと少女はそうでしたか、とまた柔らかくわらった。
お互いに自己紹介をして、じゃあお兄さんのところまで送ってくよ、と言って車椅子を押した。
車椅子を押すのは初めてだったので、緊張するーと言うと彼女はあんまり気にしないで結構ですよ、と言ってくれた。
でもガラス細工みたいに繊細なこの子を乱暴にあつかうなんてきっとできないとおもう。
どんな人でもそう。
彼女の名前をよぶ声がきこえて、はっと顔をあげるといつも取り澄ました顔でいる副会長が切羽詰ったような、あせったような顔でこちらへと走ってきた。
おにいさま、と彼女がゆっくりと手をさしのばす。
彼はその手をとると、自分の頬にそれをあてて、心配した、とどこか安心したようにいった。
どこか違う世界にきてしまったような、見てはいけないものを見てしまったような感じがしてあたしは落ち着かなくなった。
だっていつも落ち着いた声がかすれて裏返ってたりとか、心底大事そうに妹の手を握り締めてたりとか
、同じ教室にいるだけだったクラスメイトの意外な一面をみてしまったんだもの。
彼はすこしの間そうしていて、はっとしたようにあたしの顔をみあげた。
その目は一瞬するどく射抜いてきて、あたしはなんだかすごいいけないことをした罪人のような気持ちになって居たたまれなくなってしまった。

おにいさまおにいさま、わたし、溝にはまってしまったんです。助けていただいたんです、と妹さんが言うと彼はゆっくりとその眼光をゆるめて、
ありがとう、と本当に感謝しているという風にぽつりと言った。ありがとう、妹を助けてくれて、本当にありがとう。
クラスでは冷たいとか付き合いが悪いとか、人に興味がなさそうとか言われてるけどそんなことないっておもった。
だって妹さんのことこんなに大事にしてる。こんな人、探したっていないよ。
いい妹さんをもって、幸せだね、というと彼は嬉しそうにわらった。


まあそんなこったで副会長とも何度か話して(毎回妹さんの話だけど)、編入生ともほどほどに接触して、
それなりに関係は普通だとおもう。たぶん彼らのどちらかひとりだけだったらあたしは普通におはよー外暑いねーと入っていけただろう。
だけどあのふたりが、ああやってふたりでいるときはなんだか入ってはいけない、黄色いテープの向こうという感じがする。
なんだろう、副会長と妹さんがつくりだす世界とはまた違うんだ。


そっと副会長の手が、編入生の髪へとのびる。
彼のその髪に指をからめてわらっている。
それに編入生はすねたような顔をしている。
くるくるの髪をからかわれたのかな、でも副会長に言われたんじゃしかたない。
自分の髪に悩む女子が一生懸命手入れをして、時には矯正をかけてまでして
手に入れているさらさらヘアーを彼は何もしないで、むしろそんな子達よりずっと
きれいな髪の毛を維持しているのだから。
まったく女の敵だね。
女の敵、といえば前から女子の間では騒がれていたことだけど、彼の肌はものすごく白い。
白人種だから白いのは当たり前だけど、もっと白い。
日焼けとかしたことがないような、淡雪のような白さ。
編入生の健康的な手がその頬に触れるから、その色の差がすごくわかった。
……え?


あたしはびっくりして瞬きを何度もした。
だけど目の前の光景はなくならない。
幻覚ではない。
あたしが熱さのせいでみた蜃気楼とかではないのだ。


ゆっくりと、ふたりが近づいていく。
甘えるように、額と額をすりあわせ繋がった目線をそっとふせる。
そして、触れるだけのキス。


何度も何度も離れては触れ、離れては触れのその行為にあたしは胸がずくりと痛むのをかんじた。
どうしてかはわからない。
廊下にいるあたしには教室内にいるふたりの会話は小さすぎて残念ながらきこえない。
もしかしたらあたしの耳に届いていないだけなのかもしれない。
だけど、彼らの唇が言葉を紡ぐ。
ゆくりと確かめるように、ぽつりぽつりと。



『すき』



あたしは舞台をみあげる観客のように、ただ呆然とそれをみつめる。
どこか悲しい、恋物語。
あたしって結構淡白な人間だな、と今更になって自覚した。
びっくりしたけど、嫌悪感は不思議とうまれてこなかった。
いまにも泣き出しそうな、二人の顔をみたら尚更。



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