ギアス

□「あ」からはじまる魔法のことば
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死の前夜というものはこんなにも穏やかな気持ちでいられるのだろうか。
いや、あと数分で『明日』となる。
ゼロレクイエム、悲しみの連鎖を、ここで断ち切る。

あんなに乾いていた心が今はひどく、ひどく満ち足りている。
どうしてだろう、やり残した事なんてきっと探せばあるはずなのに、
ぱっと思いつかない。
何もかもがもう遅いのだけれど。
これはあきらめでは決してない。あきらめというにはあまりに前向きすぎた。
知らなくていいのだ、だれも、なにも、そうすることによって世界は平穏を保つ。
この秘密を語るものは誰もいない。
存在を奪われた男と、存在しつづける女。
どちらも世界からきりはなされた者達だ。そう、自分も。

不思議と笑みが浮かぶ。
こんなにも静かな夜を、俺は知らない。



「…随分と、うれしそうだね」
「スザク…」



無作法にもノックなしで部屋に入ってきた男を振り返る。
無表情をきめこんだその顔からは、静かな怒りが感じられた。
なにに対して怒っているのか。
存在を奪われたことに?すべてを押し付けることに?
それとも、俺という存在に?
考えても無駄だ、答えが出るには時間がなさすぎた。



「明日には死ぬっていうのに、」
「…どうしてかすごく心が落ち着いているんだ」
「僕がみてきた死刑囚は、みんな一様に死におびえて肩を震わせていたよ」
「それは現世に未練があるからさ」
「…きみはないと言うのか」
「ああ、すべてはお前に託す」



まったく、身勝手な話だ。
スザクが怒るのも無理はない。
C.C.は、どうだろう。彼女のことは何もわからない。
最後まで、それでいいのではないのだろうか。
わからないままでいいものもあるのだ。
わかってしまったら、望んでしまう。
だからスザク、お前も俺の思いを知らなくてもいいんだ。
これだけはお前に託さず、俺は鍵をかけてもっていく。
手向けの花代わりだ、それだけは許してもらってもいいだろう?



「…ずるい」
「ああ、俺はずるいんだ」
「僕の気持ちを、聞いてはくれないんだね」
「……ああ」




そう、だからお前も話さないでくれ。
最後まで、全部。
だってお前に言われたら、明日が怖くなってしまう。
あと数分で、今日にかわるというのに。




「ルルーシュ、」
「ん?」
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」




スザクがそっと身をかがめる。
ふわりと頬にやわらかい感触がした。
思わず閉じた瞳を開けば、そこには泣きそうな顔のスザクがいた。
ああ、見なければよかったと、そう思った。



「ルルーシュ、」
「なに」
「ルルーシュルルーシュルルーシュルルーシュ…っ!」
「……スザク」
「いやだよ、だって僕はきみを…っ」
「スザク」



縋るように俺の膝へと崩れ落ちるスザクの声をずっと聞いていたかった。
名前を呼ばれることが、こんなにも心地よいと感じさせてくれたのはスザクだった。
だけどこんなにも悲痛な声でよばれたら、俺はどうしていいのかわからなくなってしまう。
俺に一体なにを期待してるというのだ。
本当は、わかっているくせに。
スザクの言葉を遮ったのは、その後を聞いたらこの胸の鍵をひらいてすべてを告げてしまいたくなるから。
そのあまい期待に、身をまかせたくなるから。
だけど、




「もう、『今日』になった」




時計の秒針は今日を告げた。
スザクはぐにゃりと顔をゆがめて、だけど諦めたように立ち上がった。




「陛下、ルルーシュ、陛下」
「なんだい、我が騎士スザク」
「どうか、いい夢を」



そう告げて、スザクはゆっくりと部屋を出て行った。
最後にみた顔は、笑顔だった。
長い間、むけられることのなかった、懐かしい笑顔。
もう素顔のままで、会うことはない。
さよなら、さよならスザク、
壁際に飾られた赤い薔薇が、ぱらりと散った。
そう、それは、俺達の思いのように、



」からはじまる魔法のことば
(それを告げることは、許されないけれど)








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