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□03
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>>03

式は簡単に終わった。
王が今まであげてきた式の回数が回数なので、国をあげての式、という訳でもなく、
さらりとたった数十分で行われた。
隣にいる王は式の間一度も臨也の事をみることはなかった。


はあ、と臨也は大きなため息をついて目の前のベッドへと倒れこんだ。
案内された部屋は大きなベッドがひとつおいてあるだけの部屋で、
いわゆるそういう部屋だということがわかった。
いろんな花がわざとちりばめられたシーツに顔をうずめると、
むせ返るような花の香りにくらくらした。



さて、ここからが問題なのだ。
噂では『王は妻の処女を奪ってから捨てる、涙のかけらもない男』らしいので、
自分はここで抱かれて次の日には捨てられるという事になる。

しかし自分は男であるし、王も男だ。
いきなり男を抱けといわれても抱けるはずがないし、
そもそも王が怒り出すに違いない。
その場合、自分は殺されたりするのだろうか。


最初はそれでも別にいいと思っていた臨也だが、
今ではそれに戸惑う自分がいた。


もしも殺されるのなら、最期にひとつ。



(あの男の、瞳に映りたい)



臨也という、確かに存在した人間をあの男に残したいと思った。
彼の瞳に、心に自分が残っていないと気づいたとき、
自分の心に浮かんだのは『惨めさ』、…そして誤魔化しようのない『怒り』であった。

思いっきり胸倉を掴んで、わざと視界に入ってやりたかった。
俺を見ろと、叫びたかった。



これほどまでに強い欲求に苛まされたことなど、
臨也は経験したことなどなかった。

たった一夜でどうにかすることなどできないこと、
そんなことは臨也にだってわかっていた。



だけど、



(最後だから…、)




最後ぐらい、自分が欲したものくらい手に入れてみたかった。







「おい、」




いきなりふってきた低い声に驚いて臨也は飛び起きた。
気がつけば臨也は寝ていたらしかった。


振り向けばそこには王の姿があった。
自分を冷たく見下ろしている。



臨也はその視線に抗うように、きっと彼を強く睨みつけた。
その態度に王の片眉がぴくりと動く。




「お前、名前は」
「………」
「…てめえ、」



何も言葉を発さない臨也に怒ったのか、
王は臨也の背後の壁を殴った。

しかし聞こえた音は殴ったとかそういった音ではなく、
壁が突き破られ、つぶれる音がした。



しかしそんな状況でも臨也の心は冷静だった。
怯えは見当たらず、むしろ喜びに満ちていた。



あの男が自分をみている。
自分に対して、こんなにも怒りを抱いている。


自然と口元に笑みが広がる。
それをみて王は、何がおかしい、とつぶやいた。




「てめえ、殺されたいのか」
「…別に、死にたいわけじゃないよ」




明らかな脅しの言葉に臨也が答えると、
王は驚いたように目を丸くした。


その言葉というよりも、臨也の口から発せられた声の低さだろう。
どれだけ外見を女のように飾られても、声までは女にできない。






「お前…男か」
「まあね、色々事情があるんだよ」
「…何が目的だ」
「は?」
「何が目的かって聞いてんだよ!!!!」





いきなり腕をとられてベッドへと押し倒される。
掴まれた手首に走る痛みに思わず眉をしかめる。
いきなりなんだというのだ。
目的なんてこちらにあるはずもない。
こっちだって被害者だ。




「どいつもこいつも…っ、俺を利用しようとしやがって…っ!
くそ……っ!!!」
「ちょ…っ、離してって、」
「お前も俺を愛するつもりなんてないくせに!」





人の話を聞かずにひとりの世界に走ってしまっている静雄に、
臨也はイライラがつのるのを感じた。
愛するつもり?そんなのあるわけない。





「ばっかじゃないの。
うぬぼれんのもいい加減にしなよ、シズちゃん」
「な、テメエ…っ!」


生まれて初めて呼ばれた己の名前の成れの果てに、
静雄は困惑と怒りがわいた。
静雄をねめつける目の前の男は、さっきまでと全く違う顔をしていたからだ。


「誰がアンタなんて利用するかよ、
まあ、愛するつもりがないことは確かだけど?」
「……はやくその口を閉じないと取り返しがつかないことになるぞ」
「脅し?まあうちの王様は力は強いけど能はないって噂だったけど…、
それが本当なんてね」
「……っ!!!!!」




静雄は臨也の細い体を力任せに持ち上げると、壁へとたたきつけた。
そして己と壁の間に閉じ込める。
憎しみをこめた瞳でにらみつけると、痛みに顔をしかめながらも臨也はにやりと静雄を見やった。



「アンタがほしいもんなんて、俺にはあげらんないよ」
「…だれがテメエみたいなノミ蟲野郎なんかに…」
「だけど誰にもあげらんないよ」
「なに……?」




片手で握りつぶしてしまいそうなくらいに細い首に手をはわす。
静雄が少しでも力を入れたらこの体はくたりと力をなくすだろう。
だけど射るように静雄を見つめる瞳があまりに力強く、
その差異に思わず戸惑う。
今までこの状況で静雄に向けられた視線は怯えや嫌悪などばかりだったというのに。



「自分は人を愛せないくせに」
「……っ」
「愛し方がわからないくせに、
愛を求めるなんて馬鹿げてるよ」
「……お前は、」
「俺?俺は人間を愛してるもの。
勘違いしないで、誰とかじゃないの。
人間がすきなんだ、……でもシズちゃんは嫌い」



赤い瞳が月明かりにてらされぎらりと光る。
臨也の腕が動くのをみた静雄はその首から手を離し、
寝台から距離をとる。
静雄が今までいたところには臨也の隠し持っていたナイフの切っ先が向けられていた。



「愛されたことがないから人を愛せないなんて戯言だよ。
人に愛されたことがなくても、人は人を愛するんだ。
それが本能だもの」
「……お前は愛されたことがあるというのか」
「はっ、愛されてたらシズちゃんのところに嫁がされれるとおもう?」
「じゃあ、なんで…人間をあいせるんだ」



なんでだ、なんで。
静雄はいつも考えていた。
両親は自分を愛してくれなかった。
周りも自分を愛してくれなかった。
だから自分も愛さなかった。
こうやって生きてきてどうして自分だけが愛さなくてはいけないのかと。
理不尽だ、とっても。
だけど目の前の男は、この答えを知っている。






「知らないよ、そんなの。
気づいたら愛してたんだ」




はき捨てるように零された言葉は静寂の部屋に、静雄の心にしんと溶けた。







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