drr小説

□ロンリー
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♀です。
臨也=臨美です。



ロンリー




平和島静雄という男は怒りの沸点が人より低く、
その時の破壊力が人間のそれではない、という事を除けば、
彼は気の優しい青年である。
動物も好きだし、お年寄りにだって優しい。
先輩に対する配慮だって忘れないし、
仲間思いの優しい面だってある。


それに超有名人の羽島幽平を弟に持つのだから、
その容姿というのもよく見ると非常に整っている。


長身に細身の美青年で好青年、
ただ喧嘩っぱやいのと異常な怪力が難点、
お買い得物件なのかそうでないのか微妙なラインだ。


普通の人はその異常性に恐れ近寄らないが、
一歩踏み込んでしまえば彼の優しさが見えてくるのだが。
だけどその一歩を踏み出す人間はほとんどいない。


だけど最近、静雄の周りにいろんな女の子が現れている。
折原臨美はひょこりとビルの合間から通りを覗いた。
昼の池袋は平日だというのに人の数が衰えることを知らない。


その中のある一点をみて臨美は動けなくなってしまった。




「シズちゃん…、と、ロシア人の、」



ドレッドヘアーとバーテン、そして金髪美女。
これだけでも目立つ要素はあるが、その中の一人が池袋の喧嘩人形だというのだから、
それはもう、目立っている。
主に静雄の怒りを買いたくないという利口な人間達が避けた結果だったのだが。

だけど静雄が目立っていようがいまいが臨美には関係なかった。
愛する人間たちも今は色を失って見える。
金髪と金髪が、異様にきらめいて見えた。



「なんで、あんなに…」



仲良くなってるの、という言葉は口がうまく動かなくて言葉にならなかった。
ちょっと臨美が目を離したらこうなっていた。
否、情報だけは入ってきていた。
だけどそれがまさかこんなにも二人の距離が縮んでいるとは思ってもみなかったのだ。


今まで静雄に近づいてきた女などいなかった。
彼は影では人気があったのだが、いつも臨美が彼のそばをうろちょろしていたのと、
それにキレた静雄が大暴れしていたので、近づく勇気のある女などいなかった。
だから臨美も安心していた。

一応、臨美は静雄と恋人という関係にいた。
一般的な恋人同士の甘さというよりは、殺し合いの合間に愛し合うような殺伐さがある関係ではあったが。


自分と静雄は一緒にいてもちぐはぐだった。
性格も違うし好みも違う、考え方なんか互いのそれを嫌悪しているくらい違う。
だけど静雄の隣にいられるのは自分だけだったから。



だからそれでも大丈夫だとずっと思っていた、のに。






「…臨美?」
「………っ!」



いきなり声をかけられてびくりと肩がはねた。
振り向けば驚いた顔をした門田の姿があった。
こんなに驚くとは思ってもみなかったのだろう。



「ど、たちん…」
「どうした?こんな所で」
「ドタチンこそ、」
「俺はそこの路地裏の店で仕事があったんだよ」



彼の手を見れば仕事鞄が握られており、
そういえば新しいキャバクラが開店することを思いだした。
お前はどうしたんだよ、とそう尋ねられると臨美は困ったように眉をひそめた。
そんな表情をあの『折原臨美』が見せることなどほとんどないので、
門田は何かいけない事を聞いてしまったのだろうかと心配になった。
正直、こいつの踏み入れている深い部分には友人といえども入りたくないところだ。




「……シズちゃん、」
「…は、ああ静雄?」




だけど呟かれたものは門田が危惧していた事ではなく、
むしろ聞きなれたといってもいい友人の愛称だったので、
間が抜けた声がでてしまった。




「……ロシア人の…」
「ああ、美人だよな、最近一緒にいるの、よく見るけど」
「……付き合ってるのかな」
「…はあ?」



意味がわからない。
静雄は臨美と付き合っている。
深い付き合いの者ならば知らない人はいないという事実だ。
あれで付き合ってるとか凄くない?ツンデレ萌えとはもはや言えないね!
と狩沢達は騒いでいたが。


臨美は静雄の恋人だ。
なのにどうしてあのロシア人と静雄が付き合っているのを疑っているのだろうか。



「……んなわけないだろ」
「だって、だっていつの間にかあんなに仲良くなってるよ!」



指差された方向には静雄達がいて、
会話までは聞こえないがヴァローナが話したことに感心したような顔をしているところだった。
そしてよくできたといわんばかりに、きらめく金髪をなでた。




びくりと門田の目の前の細い方が震えたのがわかった。
じっとそこの一点を見つめた臨美は指差したそれをゆっくりと下ろすと、
きゅっと短いスカートを握った。
項垂れた際に髪が落ち、普段は見えない白い項が露になった。


そっと頭をなでてやると、擦り寄るように門田の肩へと臨美は顔をかくした。
これは別に恋愛感情とかそういったものは何にも含まれていない。
門田と臨美はよく疑われるが、間にあるのは…まるで兄と妹、むしろ父と子のような感情だけだ。
甘えるのが苦手な臨美が唯一本音をこぼせるのが門田だっただけだ。
まあ、セルティ以外のものは全部どーでもいいという感じの新羅と、
臨美の常の悩みの種だった静雄には相談できなかった、という事もあるが。
だけど高校時代から静雄と臨美はかわらなずぎる。
…不器用すぎるのだ。

お互いに愛し合っているのにも関わらず傷つけあう。
門田からみればもっと我侭を言うべきだと思う。
他の女の子に触らないで、もっと優しくして、
臨美に関してはこれくらい言っても罰はあたらないと思う。
自称素敵で無敵な情報屋さんは、どうでもいいところでは積極的なのに肝心な所は消極的なのだ。


子猫のように柔らかな髪の毛を撫でていると人ごみの中で目が合った。
ゆっくりと青いサングラス越の瞳が見開かれ、手に持っていたタバコがぼとりと落ちる。

まずい、そう思った。
門田は一瞬のそれがスローモーションのように見えた。
そして気づいたときには真横を
『今日の一押しメニュー』と愛らしく書かれた看板が横切っていった。
ああ、あの店は今日何をやっているのかさえもわからない。



人の悲鳴と、落ちたそれが粉々になる音で臨美はばっと顔をあげた。
そこにはサングラスをはずし、顔に血管を浮かせ、最上級の怒りの顔で近づいてくる静雄の姿があった。


「のーぞーみーちゅわーん?」
「…シズちゃん」
「池袋に来るなっていったよなあ。
なのに性懲りもなく来たってことはぶっ飛ばされても文句ねえよなあ?」
「………」


臨美は門田をかばうように静雄の前にたった。
そのさりげない動きに静雄が更に眉をひそめた。



「おい、聞いてるのか、ノミ蟲」
「……うっさい!シズちゃんなんか巨乳の谷間で窒息死してしまえ!!」
「はあ!?」


きっと臨美は静雄をにらみつけると、なんともわけのわからない捨て台詞を叫び、
くるりと門田の横をすり抜けて、路地をぬけた。
静雄があわてて追いかけると臨美はすでに路地を抜け、人ごみにまぎれた後だった。



「…なんだあいつ」
「随分うれしい死に方を所望されたな」
「……なあ、」
「?」
「人の女に手を出すならお前でも許さねえぜ?」




本来ならすくみあがるほどの威力をもつ静雄の睨みだったが、
今の門田はどうでもよかった。
馬鹿かこいつら。



「…臨美はさ、何でお前に怒ってるかわかるか?」
「…アイツはいっつもよくわかんねえんだよ」
「じゃあお前はなんでキレた?」



きょとんとした顔をみせた静雄だったが、ゆっくりと視線を門田の手へとずらした。
その視線をおって、門田はその手をひらりとあげてみせた。



「臨美に、触ったから?」
「……わかってんだったら触るな」
「……お前も触ったろ?あのお嬢ちゃんに」



門田は通りに立ち尽くす二人を指差した。
そこには無表情のまま立つヴァローナと、呆れながらも慣れたように静雄を待つトムの姿。
確かにさっき、ヴァローナが神社の鳥居について語ってくれた。
日本人でも知らねえのに大したもんだなあと思いながら、頭をなでた。
まるで妹をほめるように。
それがどうしたというのだと言わんばかりに眉根をよせて門田をにらめば、
あからさまに呆れたように溜息をつかれた。



「…お前、鈍いなあ」
「あ?」
「お前があの嬢ちゃんに対する気持ちと俺が臨美に対する気持ちは一緒だよ」
「………」
「悪いが俺は妹の幸せを願ってるんでね。
泣かせるようなやつには……」



門田がじろりと静雄をにらむ。
どうしてだろう、圧倒的に自分の方が力も何もかも強いというのに。
思わずなった喉の音が妙に大きく感じた。
門田が静雄の肩をたたき、追いかけろと顎で示す。



「トムさん!」
「…あ、なんだ?」
「俺ちょっと早退します!」
「……おー」



行け行けとトムさんは笑う。
本当によくできた人だ。
こんな上司をもてて本当にうれしい。
丁寧にお辞儀をすると俺は駆け出した。




その後姿を門田は微笑みながら見送った。
だけどまだ認めらんねえな、と思いながら。
妹を泣かせる男は許せない、とんだブラコンになっちまったものだと
門田は己に向かって笑った。



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