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□薔薇の心臓
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その男は俺が幼少の頃より家に仕えていた。
良家の長男でありながら異形の力を持ってうまれた俺は周囲から疎まれ、隔離されていた。
そんな俺に親が与えたのが、臨也だった。


「はじめまして、臨也と申します」



そう言って俺と目線を合わせて微笑んだその男は、
幼い審美眼でも酷く美しいことがわかった。
しかし幼い子供とは敏感なものである。
幼かった俺は微笑む臨也の美しさの裏に隠れている屈折した心を感じ取ってしまった。

他の大人から感じられる俺に対する戸惑いや、蔑みや、子供に頭を下げなければならない事に対する不満などではなく、もっと膿んだ傷口のようにじくじくと鈍い痛みを与えるようなものだった。
俺はそれが何なのかはわからずも、心の奥底でこの男を嫌っていた。



だけど臨也はとても優秀だった。
そしてやさしかった。
愛されることをしらなかった俺の心をさらりと包み込み、
陽だまりのような笑顔で温まらせた。
臨也は俺が失敗しても呆れない。
俺が物を壊しても頭ごなしに叱ることなく、
俺の気持ちを聞こうとする。
そしてあまりにその笑顔が優しくて泣いてしまった俺を包み込み、
抱きしめてくれた。

だけど俺は臨也を心から好きにはなれなかった。



幼い頃は見上げていた臨也を、今では見下ろすことができる。
初めて出会った頃から10年以上も経っているというのに、
臨也は出会った頃から少しも老いることなくその美貌を煌かせる。



「静雄さま、」


白い指がネクタイへと伸びる。
位置を整えると、臨也は満足そうに笑った。




「立派になられましたね」
「じじいみたいな台詞だな」
「私も歳をとりましたから」


どこも変わっていない。
歳をとらない魔法でもかかっているようにこの男はかわらない。
黒髪の美しさも、白い肌も、長くふちどられた睫毛に守られた赤い瞳も、
そのやさしい声も、その隠された心も。
あの頃から何もかわっていない。
変わってしまったのは俺だけだ。




「ねえ、静雄さま」
「…なんだ」
「どうして私をクビにしなかったんです?」
「は?」
「だって、私の事ずっと嫌っていらっしゃったでしょう?」



いたずらに微笑まれて、俺の身体は固まった。
自分よりも10は必ず年上であろう男の微笑みに、
俺は不覚にも胸の高鳴りを抑えることができなかった。



「…知ってたのか」
「ええ、だって静雄さまはわかりやすいですから」



単純と言われているようで少しむっとする。
他の使用人ならあわてだす所なのに臨也はなんでもないように笑っている。
それがどこか悔しくて。



「…お前のほんとうが知りたかった」
「……」
「お前がずっとわからなくて、意味もなく嫌いで、
だけどお前は優しくて、」
「……」
「お前を知りたくて、お前を、愛したくて」




そっとその白い頬に指をのばす。
臨也はくすぐったそうに瞼を閉じた。



「私の心を知って、どうしたいんです?」
「……」
「私を愛して、どうしたかったんです?」
「……」
「私を、攫ってくれるとでも…?」




出来ないくせに、そう呟かれた唇を俺はふさいだ。
初めて触れた臨也の唇はやわらかくて、俺は夢中で味わいつくした。
普段は白い頬が、少女のように薄桃色に染まる。



「あなたに初めて会ったとき、あなたは人間なんて愛さないと目が語っていました」
「…ああ」
「人間はすばらしくいとしく、ああ、かわいそうだと思いました。
だけど可哀想なのは私です。私は人間を愛しています。
だけど個人を愛したことはなかった、私は歪なのです。」
「……」
「私があなたを愛せば、あなたが私を愛してくれると、
どこかでそう思っていたのかもしれません」



あなたは私を嫌っていましたがね、と瞳を伏せた。
隙ひとつない臨也を暴いてしまいたくなる。
白いシャツの下に隠された肌に吸い付き、
全てを征服したくなる。
これは、まさしく愛であり、恋では、ない。




「俺をさらってくれたら、よかったのに」




寂しそうに臨也は笑った。
シズちゃん、初めて呼ばれた子供くさい呼び名に俺は眉を顰めた。
ずっとこう呼んでやりたかったのですよ、と臨也は嬉しそうに笑った。



「…俺がお前を攫ってやる」
「…ガキが。親の言いつけで、今から結婚するというのに?」





そう、俺は結婚する。
真っ白な婚礼服を着るのを手伝ってくれたのは臨也だ。
今日、あと一時間もしないうちに神の前で『永遠』を誓う。

臨也はいつもと同じ執事服を身にまとっている。
式には、招待客としては参加しないと、事前に言われていた。





そっと臨也が俺の胸元へと手を伸ばす。
最後の飾りです、といって取りだしたのは白い薔薇を基調としたコサージュだった。






「…どうかお幸せに、」





その言葉の直後、扉をノックする音が聞こえた。
時間です、と告げられたそれに臨也はそっと執事らしくスマートに腰をおった。




きっとこの扉を抜ければ、臨也はもう必要以上に俺へと接すことはなくなる。
一緒に並んで歩くことはできない。
俺と臨也の距離はかわらない。



「臨也…」
「…はい?」




臨也が今しがたつけてくれたコサージュをはずす。
不思議そうに俺の行動を見守る臨也の腕をとり、そっとその薄い胸へと指をすべらす。


「……」



そっとガラス細工を触るように恭しく触れた。
臨也の黒の執事服に薔薇がさいた。




「…これは新婦のブーケと対になっているのですが」
「ブーケだって最後には投げるだろ。…同じだよ」
「……私に結婚しろ、と?」
「……忘れるな」



そっとその胸の薔薇へと口付ける。
きらきらと輝く白は、臨也によく似合っていた。



「……お前をあいしてた」




そっと扉を出る。
背後で臨也の小さな声が聞こえた。
それがどんな言葉でもどんな意味をもっていても俺は振り返ることはできない。
俺がもう少し大人で、臨也を攫ってやれるほどの知恵も包容力もあったら。
臨也がもう少し若くて、なりふり構わず俺のところへ飛び込んできてくれたら。


全てはかわったのかもしれないけど。


薔薇の心臓
(……ばかだね、シズちゃん)


白い薔薇に雫がおちた。


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