BOOK3

□あわよくばもう少し
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如月なかば。

黒田坊が巡察中に千羽の祠に立ち寄り、世間話を交わしていた時だ。

二人の耳に、草を踏む何者かの足音が聞こえた。

それは次第に近づいて来る。

「誰でしょうかね?」

と疑問を口にする千羽だが、予想はついていた。

それは黒田坊も同じである。

がさごそと、延び放題の雑草を踏み分けて姿を現したのは、やはり、夏実であった。

「お坊さん!よかった、やっぱりここにいたんですね!」

よいしょ、とひときわ育った雑草を跨ぐ夏実には、千羽の姿は見えない。

彼は一応神であるから、普通の人間には認識できないのだ。

「では、小生は失礼致します」

千羽はぺこりと黒田坊に一礼すると、ぱたぱたと飛び立った。

それを黒田坊は無言で見送った。

「お坊さん?どうしたんですか?」

夏実の声に黒田坊が振り向けば、すぐそばまで彼女が来ていた。

あらぬ方向を向いていた彼に、不思議そうに首を傾けている。

「いや、なんでもない。それよりも、拙僧に何か?」

「あ、はい。これを、お坊さんに渡したくて」

と、夏実はリボンをかけた箱を掲げた。

「これは…?」

「バレンタインのチョコです。上手くできたかわからないですけど…」

そのように言うということは、手作りということだ。

黒田坊はフ、と笑みをもらした。

「開けても良いか?」

夏実は胸に握りこぶしを当てて、こくりと頷く。

リボンを解いて箱を開ければ、ふわりと甘い香りがした。

焼き菓子が二つだ。

黒田坊は一つをつまみ、かじってみる。

甘く濃厚な香りとともに、中からチョコレートがとろりとあふれて、黒田坊はそれを舐めた。

見た感じは焼いてあるのに、中身は生。

――もしや、失敗か?

しかし、彼女のことだから、失敗作を渡したりはしないだろう。

念のため、黒田坊は確かめることにした。

「これは…その、中身がこぼれてきたのだが」

「それは、そういうお菓子なんです。フォンダンショコラって言って」

「そうなのか」

面白い食感だが、これはこれで美味だ。

黒田坊は、夏実から熱い視線を送られているのに気づいた。

例えるなら、そう。

まるで子犬が、主人に褒められるのを待っているかのような。

黒田坊は吹き出しかけた。

しかし、それを抑えて、目を細めるに留める。

「旨いぞ。ありがとう」

夏実は嬉しそうに、顔を輝かせた。


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