BOOK3

□あわよくばもう少し
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ただ、気になることがあった。

手に持ったままの食べかけのチョコ菓子を、黒田坊は口に入れる。

舌の上で蕩ける甘さはチョコレート。

それとは別に、鼻に抜ける甘美な香りがある。

「ときに、夏実殿。これはもしや、洋酒か何かを使っているか?」

「あ、はい。ラム酒をちょっとだけ…」

やっぱり分かるんですね、と夏実は笑った。

そういう問題ではない。

「作っていて、酔ったりしなかったのか?」

「あ…。実は、最初に味見した時、ちょっとクラクラしちゃったんです」

その後は母親に味見をしてもらったと言う。

夏実はこめかみをかきながら、苦笑いをした。

黒田坊は軽く嘆息した。

「何も、無理に酒など入れずとも…」

「だ、だって…!」

「だって?」

聞き返すと、夏実は首をすくめた。

もし子犬だったら、耳と尻尾がしゅんと垂れているだろう。

「だって…。お坊さんには、大人の人が食べるようなチョコの方がいいのかなー、って思って…」

つまり、夏実の中では、大人イコール酒、という訳だ。

とんだ思い違いだ。

「そんなに気を使わなくてもいい。次は、自分の好きなものを作ればいい」

「え?」

夏実はきょとんとした。

「ん?」

何かおかしなことを言っただろうか、と黒田坊は思う。

「それって、また来年も作ってきていいってことですか?」

「…あ」

何気なく言ったことだった。

夏実と黒田坊は、恋人同士などではない。

だからといって、ただの顔見知りと言い捨てることもできない。

未来の約束をしていいものかどうか、微妙な関係だ。

けれど。

あわよくば…と、黒田坊の中で望みが首をもたげる。

――もう少し、この曖昧な関係を続けてみたい。

「……あぁ」

少しの思惟の末、黒田坊は微笑んだ。

夏実はその瞬間、来年は何を作ろうか、と考えを巡らせただろう。



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