BOOK3

□君に捧ぐ七草
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新春の、きんと澄んだ明け方の空に、悠々と飛んでいる黒い塊があった。

出入りより戻る途中の、二代目総大将率いる奴良組だ。

「――首無」

宙に浮かぶ牛車から顔を出して、鯉伴は側近の名を呼んだ。

「今日は何日だったか?」

「七日ですが」

「…もう正月も終いか」

鯉伴は、家で待っている愛しい幼妻の顔を思い浮かべた。

正月も明けぬうちから出入りだ。

さぞやへそを曲げているのだろうと思うと、鯉伴の顔につい笑みが広がる。

百鬼は深い山々の上空を進んでいたが、不意にひらけた野原にさしかかった。

鯉伴が声をかけて、妖怪たちはそこに降り立つ。

「これはこれは…」

ひゅう、と鯉伴が口笛を鳴らし、首無は感歎した。

辺り一面に草花が生い茂っていたのだ。

朝露が日の光を反射して、きらきらと輝いている。

鯉伴はその場に屈み、野草を一つ、摘み取った。

食用にできる種類だ。

「鯉伴様、何をしておいでです?」

「きっと待ちくたびれているだろうからな。機嫌直しの手土産だ」

「あぁ…、なるほど」

誰とは聞かず、首無は苦笑した。

一つ、また一つと摘みながら、鯉伴はゆるやかに言葉を紡ぐ。

「君がため、春の野に出でて若菜摘む…」

七種の野草が集まった頃、冷たいものが鯉伴の頬を撫でた。

天を仰ぐと、ひらひらと降りてくるものがあった。

「雪…ですね」

首無も隣に並んで空を見上げる。

舞い降りたそれは、鯉伴の袖で美しい六角形を現した。

「我が衣手に雪は降りつつ……か」

鯉伴は立ち上がり、まとまっていた部下達の方へ足を進めた。

「帰るぞ。これ以上遅くなったら、本気で叱られるからな」

「御意」

笑いをかみ殺して、首無は頷いた。

朝餉が七草粥になるか否かは、鯉伴が妻をうまく宥められるかどうかにかかっていた。




――――――――――――
君がため
春の野にいでて若菜摘む
我が衣手に雪は降りつつ
(光孝/天皇・古今集)


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