BOOK3
□平成あやかし夜伽草子
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本人には何気ないつもりだろうが、夏実はとんでもないことを口にした。
「お坊さん、夜伽ってなんですか?」
口に含んだお茶が気管に流れて、黒田坊は派手に咳き込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
そばに寄ろうとする夏実を、黒田坊は手を上げて留め、深く呼吸する。
「……平気だ。突然どうした?その、夜伽などと」
夏実も高校生だ、興味があっても可笑しくない。
ないのだが、しかし。
「現代文の教科書に載ってたんです。文脈がなんかアレで…どういう意味なのかな…って」
アレな内容とはどんなだ。
「それは…まぁ…」
「あの…っ、やっぱり変な意味なんですか?」
夏実は、恥ずかしそうに眉を寄せた。
「い、いやいや、そんなことはないぞ!」
落ち着け、落ち着くんだ。
夏実はただ、言葉の意味を訊いているだけだ。
黒田坊は二度ほど咳払いをして、人差し指を立てた。
「まず、『伽』という漢字について。これは退屈を慰める物語や、話し相手になることを示す。『おとぎ話』と言うだろう?」
「なるほど」
黒田坊は一つ頷いて、続ける。
「夜伽とは、夜に物語をするわけであるから。つまり、寝るまでの間に語らうことだな」
「じゃあ、よく小さい子が眠る時に絵本を読んで聞かせたりしますけど、そういうことですか?」
「うむ、そうだな」
夏実は、ほぉ〜っと息を吐き出した。
「よかったぁ。私ったらてっきり……」
「はは……」
てっきり、の後は聞かない方がよかろう。
件の言葉には別の意味ももちろんある。
夜の語らいは、親子のものならば微笑ましい。
されど、それが男と女だったなら――。
違う流れを辿ることと、それを己が教えなかったこと、夏実には知られてはならない。
黒田坊は目を閉じて、飲みかけのお茶を啜った。
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