BOOK3
□桜咲かば幕を張れ
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桜咲かば、幕を張れ。
花見に講じて、君想う。
ほろほろと、薄紅の衣が幹を離れる。
はらはらと、風に身を委ねている。
隠居の身となりし老体は、感慨深げに吐息を唇に乗せた。
「珱姫、今年も見事に咲いたぞ……」
秘めやかに、繊細に、なれど誇り高く。
かつて妻と出逢いし時、この花にあの女性(にょしょう)を重ねた。
年を経るごとに気高さを増し、散る瞬間ですら美しい人であった。
妻が儚くなりしより、もう幾年(いくとせ)か。
ぬらりひょんは寂しくなった己の頭に指を滑らせる。
幾らかの毛髪が絡みついてきて、自嘲の笑いが漏れた。
……これほどに咲き乱れていると言うのに、まったく。
「あの放蕩息子は、どこをほっつき歩いているのやら……」
西洋の戦人(いくさびと)の真似をしているのを見た時は、落ちた顎が戻らなかったものだ。
けれど、あやつのことだ。
どこにいようとも、きっと愛でているだろう。
母の姿を思い起こさせる、この麗しい花を。
桜は咲き、散ってゆく。
そして年が巡れば、また蕾を膨らませる。
愛しい人の面影を連れて――。
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