BOOK3

□狂愛
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どっ……と、氷麗は壁に追いやられた。

否、叩きつけられたと表現した方が正しい。

背中がびりびりと痺れる。

晴天の霹靂のごとき出来事で、頭も体も反応してくれない。

氷麗は顎を捉えられて、力加減の欠片もなく上を向かせられる。

「うっ……」

相手の指が喉を圧迫する。

苦しい。

口に、噛みつかれた。

その振る舞いはあまりにも乱暴で、感情がなくて、とても口づけだとは思えない。

「……っ……」

氷麗の口から、音にならない息が漏れた。

舌を根元で押さえられて、喉から息を奪われる。

「……ぃや……や、め……」

途切れ途切れに抗う言葉を紡ぐ。

けれど相手の心には届かない。

目の前が白んできた。

戸惑い、疑念、怒り、虚しさ……。

様々な感情が氷麗の胸中に渦を巻いて、目の端で涙が滲んだ。

その時、僅かに――ほんの僅かに唇の圧迫が緩んだ。

これを逃したらあとはない――!

氷麗は全霊で相手を押しやった。

空気を求めて短い呼吸を繰り返す。

「ど、して……。どうしてこんなことを……!牛頭丸……!」

前髪で隠れて表情は窺えないが、彼の息もまた荒い。

「――そうか。このオレを拒絶するか」

低く、まるで地を這うように彼は吐き出した。

言い様のない恐怖が氷麗の背筋を撫でる。

氷麗は反射的に足を引こうとして――壁に張り付いていたために、かなわなかった。

チャキ……と金属音を聞いた。

氷麗は視線を下に巡らせて、息を詰まらせた。

よく鍛えられた抜き身の刃が光を弾く。

彼はそれを胸の前に持ってきて、横に構えた。

「それならその首、斬り飛ばしてやる」

「なっ……!」

「その後は、そうだな」

彼は唇の端を妖しく持ち上げる。

「雪女は氷づけにするのがお得意なんだろ?それなら、雪女の氷像ってのはどうだ?」

彼はゆらりと面を上げた。

その眼はいかほどに濁っているのか、と思いきや。

深く深く澄んで、ぎらぎらと煌めいていた。

「愛でてやるよ。オレしか触れられないように、永久にな」

氷麗は切望した。

体よ動いて、どうか動いて……、なんでもいいから、……動け……っ!

けれども、望み叶わず。

視界の隅で白刃が閃いた――。



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