BOOK3

□ピンクに溺れる
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人里よりやや遅く、捩眼山は花咲く季節を迎えた。

あちらこちらで桜が咲き乱れ、山が薄紅の霞を纏っているかのようだ。

その捩眼山の、獣すら通らぬ道なき道を、うしおにが四肢を踏み鳴らして突進していく。

木々がばきばきと薙ぎ倒され、地がごろごろと揺れる。

耳をつんざく轟音だが、それに負けず劣らず、ゆらは絶叫していた。

「ぎぃやぁぁぁぁぁっ!!なにしてくれとるんやぁぁぁっ!!」

振り落とされてたまるかと、ゆらはうしおにの硬い毛に必死にしがみつく。

本当に、落ちたら死ぬ。

「ゆら、叫んでばっかりだと舌噛むよ」

対照的に落ち着き払っているのは、巨体を御している馬頭丸だ。

「やかましいっ!せっかくの休みやのにっ!なんで朝っぱらから拉致られなあかんねんっ!」

「だから舌噛むって……」

「それもこんな山奥まで――うぐっ」

案の定、噛んだらしい。

ゆらは口を閉じたが、かわりにこれでもかと睨む。

馬頭丸に言わせれば、自分たちを背に乗せているうしおによりも、ゆらの形相の方が恐ろしい。

そのうちに前方が開けた。

周囲に乱立していた木々が途切れる。

「うしおに止まれぇ!」

「へ」

馬頭丸の合図に、巨体が急停止。

そこで生じるのは慣性の法則――一定の速度で動いている物体は、その状態を保とうとする。

つまり。

ゆらはうしおにの背から、ぽーんと投げ出された。

「ひえぇぇぇぇぇぇ…………」

そのまま宙で一回転。

そして、ぼすっとピンク色の地面に顔から突っ込んだ。

ひらひらと、周りを何かが舞う。

「ゆらーっ!大丈夫ー!?」

うしおにから飛び降りた馬頭丸が駆け寄る。
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