BOOK3

□ピンクに溺れる
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……と。

寸の間沈黙したゆらは、がばっと顔を上げて、首を左右に振った。

「ここ、天国か?」

「……うん、気持ちはわかるけどね。大丈夫、生きてるから」

大真面目なゆらに馬頭丸はツッコんだ。

「んなワケあるか!」

どんなツッコミ返しだ。

「これが現実やったら、なんで地面がピンクで、柔らかいんや!おかしいやろ!」

更にゆらは、地をばしばし叩く。

また小さな何かが舞い上がった。

「ほらっ!花まで飛んで――え?花?」

ゆらは手元に落ちたものをつまむ。

それは、楕円形で片方の端が割れてて、ごくごく薄い桃色の、よく見る桜の花びらだった。

そこでようやく、ゆらは周りを見回した。

辺り一帯の地面が少し窪んでいて、木が生えていない。

「ここには昔、小さな泉があったんだ。今は涸れちゃったけどね」

「あぁ、それでなんやな……」

その窪みに溜まった花びらに、ゆらは浸かっていたのだった。

正座から尻を落とした座りかただと、腰まですっぽり隠れる。

ゆらは花びらを両手で掬い、ぱっと放ってみた。

花片は不規則に舞い、音もなく地に戻る。

「こんなお花見もいいでしょ」

馬頭丸は泉の淵にあたる位置にしゃがんでいた。

「あんた……このために、わざわざ朝早くから連れて来たんか?」

「そうだよー」

馬頭丸は軽く跳んで、ゆらのそばに着地した。

「ね、喜んでもらえた?」

得意気に口の端を上げる馬頭丸。

毒気はとうに抜かれていた。

ゆらは目を逸らして、花びらをいじりながら答える。

「ま、まぁ……花に埋もれるのも悪くないもんやな」

「へへっ。……でもね、ゆら」

「なんや?」

ゆらが顔を上げれば、馬頭丸の手がついと伸びてきた。

身構えるゆらの肩口を掠める。

すぐに離れた手には、花びらがつままれていた。

「あちこちに花びらをつけた格好だと、埋もれるって言うより、溺れたみたいだよ」

ゆらは、顔がかっと熱くなるのを感じた。

「も、もとはと言うたら、あんたのせいやんか!あほ馬頭!!」

「えーっ。だって、あんなに勢いよく飛んでいくとは思わなかったし」

「飛びたくて飛んだ訳やない!」

ゆらが腕を振り回すたびに、花びらが舞い散る。

まるで楽園、もしくは浄土。

現実から離れた、別世界のような情景だった。



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