BOOK3
□桜灯篭
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桜花は今が盛り。
仄かに甘く香る闇の中、灯篭が頼りなげに足元を照らしている。
雪麗は、黙したまま前を行く大柄な背を見ていた。
寡黙・無愛想。
おまけに、常に眉間に皺を寄せ、表情の変化に乏しい。
思考が読めないのが、この牛鬼という男だ。
牛鬼がつと歩みの足を止める。
数歩の間合いを置いて、雪麗も足を止めた。
「雪麗。わざわざ私に着いて来たのか」
朴念仁に見えて、気配は感じ取っていたらしい。
「違うわよ。私は、ちょいと夜の散歩でもしようと、庭に出た。そうしたら、たまたま前方にあんたがいた。それだけよ」
雪麗は淡々と事実を述べた。
けれど、足跡を追っていた事もまた、事実だ。
「そうか」
一言口にすると、牛鬼は再び歩き始める。
雪麗も足を踏み出――そうとして、浮かせた足の爪先を地につけたところで、静止した。
目の前に掌(たなごころ)。
視線でその腕を辿れば、牛鬼が此方に手を差し出していた。
いったい何の真似か――。
そう思ったが、理由はすぐに判明した。
足場が途切れていて、一尺程先にあるのは平たい石。
牛鬼は飛び石を渡る介添えをしようと言うらしい。
ここは、女らしく助力されてやるべきか。
それとも、差し出された手をぴしりと払うべきか。
明かりに乏しい時分、前者のが正しいのかも知れない。
しかし雪麗は後者を選択した。
「おあいにくさま」
飛び石に軽く移る。
ところが、石に雪駄が突っ掛かり、体の重心がずれた。
暗がりで目測を誤ったらしい。
傾いた体は、厚い胸に支えられた。
雪麗は動けなくなった。
好い仲でもなんでもない女の肩を離さないなど。
やはりこの男、わからない。
灯篭がつくる影の環に、一片の花弁が落ちた。
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