BOOK3

□時は移ろいて
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ざっ、ざっ

自由に生い茂る雑草を草履で踏む。

その爪先に、ごく淡い色の花びらが乗った。

落ちてくる花弁の軌跡を辿って、黒田坊はつと面を上げる。

空を覆うは薄紅色。

風が吹けば、同じ色の欠片がそこから舞う。

幾度目にしたか知れない、春の光景。

「きれいですね……」

隣で、頭ひとつと半分ほど小さい夏実が、春の代名詞たる花に目を細めている。

時は移ろい、彼女との目線が少し近くなった。

身の丈のみならず、声音も仕草も、もう幼い少女とは言えない。

いつしか、年頃の娘のそれへと変わっていた。

それに、もうひとつ。

「今日の服装は、いつもと違うのだな」

夏実はぱっと振り向いた。

その顔に、気付いてもらえて嬉しい、としっかり書かれてある。

「そうなんですっ!新しい制服なんですよ!」

「あぁ、確か、今日から“高校生”なのだったな」

「はいっ!」

夏実はその場でくるりと回ってみせた。

チェックのスカートが揺れる。

まだ体に馴染んでいないマロンブラウンのジャケットが初々しい。

白いブラウスの襟元には、スカートと同じ柄のリボンが、ちょんと収まっている。

「ね、お坊さん……」

夏実が上目遣いで黒田坊を見上げる。

目は口ほどにものを言うと言うけれど、あまりにも分かりやすくて、黒田坊は小さく笑った。

「大丈夫だ。よく似合っている」

とたんに、夏実は顔を綻ばせた。

「良かったぁ!」

いくら時が流れても、彼女の心の根源は変わっていなかった。

どこまでも無垢で、純粋で。

楽しそうにスカートの裾をつまむ夏実の手を、黒田坊は掬い上げた。

そして、彼女が顔を上げるよりも早く。

左足を軸に、もう片方を円を描くように引いた。

「えっ……」

夏実の足はたたらを踏む。

おのずと黒田坊の胸に飛び込む形になった。

両手は彼のそれと重なっている。

「あ、あの、お坊さん……?」

黒田坊は、今度は逆に左足を引く。

また夏実は連れられる。

黒田坊は穏やかな笑みを口許に浮かべた。

「寿ぎの舞、と言おうか」

くる、くると。

彼に操られるうちに、夏実も自ら足を動かし始めた。

これをダンスと呼べるかは分からない。

けれども。

風に乗る薄紅と一緒に、二人は踊る。

黒田坊に身を任せる夏実の肩に、ひとひらの花びらが留まった。



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