BOOK3

□其の姿、芍薬の如く
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時は元禄、江戸のとある妖屋敷。

己の住まいであるそこの木戸に手をかけて、鯉伴はつと肩ごしに顧みた。

「どうしたんだい?」

一歩下がったところに立つ女は、やや俯きがちでいる。

「いえ……」

女は静かにかぶりを振る。

鯉伴には見慣れた家でも、女には初めての場所だ。

鯉伴は片目をつむってみせて、自信たっぷりに口角を上げた。

「何も気にかけるこたぁねぇ。黙ってオレに着いてくりゃあいい」

「……はい」

女はこくりと首肯して、差し出された手に自らのそれを重ねた。

それから。

鯉伴が、連れてきた女を嫁にすると宣言したものだから、屋敷には怒号にも似た絶叫が轟いた。

「おいおい、んな驚くことかよ」

当の本人は、こめかみを掻いている。

「そりゃ驚くって!数知れず女を泣かせてきた二代目が、所帯を持つって言ってんだから!」

そう言うのは、小妖怪ながら古参の、納豆小僧だ。

彼は、ぐりんと顔を女に向けた。

「あんた、山吹とか言ったっけ?ほんとにこれと一緒になるつもりか!?」

と、親指で奴良組の当代を差す。

「これって言うな」

すかさず本人が突っ込む。

物珍しそうに左右を見回していた女は、面を戻した。

そして頬にさっと朱を走らせる。

「はい……っ」

女は、はにかんだ。

「どうぞ、よろしくお願いいたします」

紡がれた言葉は澱みなく、声は高く澄んで。

恥じらいつつも嫣然と微笑む女は、妖たちの視線を一身に集める。

その立ち姿、まさに芍薬のごとし。



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