BOOK3

□会いたかったひと
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閉じてある障子の、わずかな隙間。

夏実は片目をつむって、そこに顔を近づけていた。

けれど、隙間が細すぎて中が全く見えない。

この部屋で“彼”が休んでいると聞いた。

――開けちゃおうかな……?

しかし、夏実はぶんぶんと頭を振って、誘惑を追い払う。

――ううん、きっと手当てしてるんだろうし、迷惑になるよね。

脳裏に描くのは、つい数分前の“彼”の姿。

全身泥だらけで、疲れきっているようだった。

着物のところどころがどす黒く汚れて見えたのは、きっと血だ。

思い出すとよけいに気になる。

――ちょっとだけ……様子を見るだけなら……。

ごくりとつばを飲んで、夏実は障子に手をかける……と。

ぐわら、と障子が勝手に開いた。

「ひゃうっ」

夏実は思わず飛び上がった。

――か、からくり!?自動ドア!?

けれど、そうではなかった。

目の前に誰かが立っていて、その誰かが開けたらしい。

夏実は視線を上げて。

「にゃあっ!」

夏実、二度目の猫ジャンプ。

そこにいたのは。

緑色の短髪に、つり上がった目。

だらけた感じの着物から覗く胸に刺青。

奴良家はヤクザ集団だと聞いたけれど――いかにも“それっぽい”ひと。

「リクオの友達か?」

夏実はこわごわ頷いた。

顔に迫力があるけど、声音は思ったより優しい。

これなら大丈夫かも。

「あ、あの……お坊さんの様子、どうですか?」

「ん?あぁ――」

「鴆。どうした?」

夏実はハッとした。

今の声は“彼”のものだ。

ゼンと呼ばれた男のひとは、肩ごしに部屋の中を顧みる。

「リクオの友達が、お前に会いたいってよ」

ええっ。

「あ、あの、私そんなんじゃ……!」

「違うのか?」

男のひとは、夏実の方に顔を戻して、真顔で訊く。

「あの、その……違う、こともない、です」

だんだん声が出なくなっていく。

この会話が“彼”にも聞こえているのかと思うと、いたたまれない。

ゼンと言うひとに、夏実はじっと見られた。

「あの……?」

「――そんじゃ、あとは包帯巻いて薬飲むだけだ。任せたぜ、お嬢ちゃん」

「へ」

包帯は箱の中、薬は瓶に入っているものを注ぐ。

それだけを簡単に説明して、ゼンはひょいと敷居をまたいだ。

「え、えっ」

ゼンは夏実の横をさっさとすり抜け、部屋から離れて行ってしまった。


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