BOOK3
□冬、往きて
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晴天と呼ぶには、雲が早朝の空の半分以上を占めていた。
けれども、日射しはちゃんと地に届いて、辺りは浄められたように明るい。
風の運びたる空気は甘く、爽やかだ。
そこかしこで膨らんだ蕾が、咲いてもよしとされる時を待ちわびるあまり、密な香りをこぼしているのだろう。
奴良組屋敷の、門と表口を繋ぐ路に立ったつららは、深く息を吸うた。
「もう春なのね」
春の訪れは、同胞との別れ。
花咲く季節への高ぶる気持ちは、時に、役目を終えた冬の遣いを見送る寂しさを伴う。
されど。
感傷に浸るのと朝の勤めをさぼるのは別だ。
「さあ、お仕事しなくちゃ」
掃除にかかろうとしたつららの前に、白いものがちらついた。
手を差し伸べれば、それは六片の花弁を持つ華を形作って、すぐに消えた。
まさか、まだ終わりではないのーー?
淡い想いを込めて、つららは仰ぎ見る。
けれども、青より白の多い空からは、それきり何も降ってはこなかった。
真に最後の一輪だったのだ。
儚く失せたそれは、次への約束を残した。
「そうよね。また冬になれば会えるもの」
巡り来る季節を過ごしていったなら、そう遠くはないだろう。
再び同胞と相目見ゆるまではーー。
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