BOOK3

□花乙女は濃き衣に咲く
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白にいささかの紅を溶かし込んだ、淡色の花びら舞う中。
はやる気持ちで夏実は駆けていた。
ときおり速度を緩めては、胸に抱いたものを抱え直す。
そうしてまた、懸命に足を動かした。

桜の連なる先に、目指す姿を見つけて、夏実はぱっと表情を明るくした。

可憐な色合いの景色に不釣り合いなようでーーかの花と同じく妖しい雰囲気を纏う存在。

「お坊さんっ!」

その姿が振り返ると、濃い色の衣が揺れた。
面長で切れそうな相貌に、慈しむような笑みがつくられる。

夏実は引き寄せられるように駆けていった。

けれど、急いだからか、地面の盛り上がったところにつまづいてしまって。
そこが僅かに坂になっていたのも悪かった。

「あ……っ!」

たたらを踏んだ夏実を、たくましい胴が受け止めてくれた。

花と花びらがほわりと舞い上がる。

「あ……、ありがとうございます」

桜が吸い込まれたかのように、夏実の頬が色づいた。
その乱れたこめかみ辺りの髪を、骨ばった指がそっと整える。

「春の乙女が降りましたかと思ったぞ」

落とされた言ノ葉はーー本音だとするなら甘すぎる。

「そんな……あの……」

自分で前髪をなでつけようとして、夏実は持っていたものの存在を思い出した。
幸い、形は崩れていないようだ。

「それは?」

彼がランチバッグを覗き込む。
容器には春らしい菓子が行儀よく収まっている。

「桜餅です。お坊さんと一緒に食べようと思って」

夏実は得意げに披露してみせた。

上方で楽しそうに小さく笑った気配がした。

「なら、ともに頂こうか」

「はい!」

花は踊る。
まるで濃色の袖とたわむれるように。



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