BOOK3

□破戒僧と乙女の夜の過ごし方
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ちょうど課題を終えて、ひと休みしようと思ったところで、ケータイがメールの受信を知らせた。
きっと沙織か清継かな……と、夏実はケータイを操作する。

内容は、今から家に邪魔してもいいか、というもの。
そのことにもだけれど、夏実は送信者に驚いた。

「えぇ、笠のお坊さん!?」

体と心臓が同時に跳ねた。

ど、どうしよう……!

机にはまだノートやらペンやらが散らばってるし、それ以前に、自分は風呂上がりの部屋着だ。
急に、だらしない格好でいるのが心もとなくなって、夏実は胸を隠すように自身を抱きしめた。

妖怪が文明の利器を使っている、という珍妙な事実は、夏実の頭からとんでいた。

とりあえず厚手のカーデを羽織る。
そこでハッと思い出して、了承の返事をした。

机の上のものをカバンにつめ込んだところで、コツコツ……と、窓ガラスを叩くような音がする。

お坊さんが……!

すぐさま窓を開けた。
冷たい空気が頬を撫でる。

ーーなんの変哲もない夜が、動いた気がした。
その闇に紛れて、黒き輪郭は言ったのだ。

「御機嫌、麗しゅう」

夏実の目線より少し高い位置に、理知的な美貌があった。

「こ、こんばんは。笠のお坊さん」

男はにこりと微笑む。

彼が端正な面差しの持ち主であることが、よくよく思い知らされる。
完璧な笑みだ。

それでいて、どこかほっとしたような気配も伝わってきて。
夏実の胸はきゅんと甘酸っぱくなった。

「ーーところで。今時分の外気は冷える。中に招いては貰えぬのだろうか?」

「……ご、ごめんなさいっ!」

大真面目に冷えると言われて、夏実は黒田坊を部屋へ招き入れた。
窓ごしに見とれている場合じゃなかった!

彼は笠を外し、背筋を伸ばす。
乙女の部屋に、全身黒で長身の彼は威圧感があった。

「やれやれ。冷えてくると肩が凝って難儀だ」

と、音が鳴るくらいに首を回し始めたので、夏実は思わず吹きだした。
今更ながら、彼がメールを寄越したことを思い出す。

妖怪なのにケータイを使う彼。
慇懃な挨拶をしながら、途端に態度を崩した彼。

矛盾、意外性。
けれどもそれが彼らしくて、おかしかった。

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