BOOK(献上と頂戴)

□世界で一番幸福な時
1ページ/2ページ


ある穏やかな昼下がり。

昼食の後片付けを終えれば、家事は一段落だ。

襷を外した若菜は、夫と息子がいるだろう部屋に、足を進める。

開けっぱなしの障子の陰から、ひょこっと覗くと。

「まぁ」

夫が畳に無造作に寝転がり、息子がその胸にしがみついて、仲良く夢の中であった。

若菜は口許に手を当てて、声を出さないように笑った。

心地よい風が吹き込んでくるので、障子はそのままにして、静かに部屋に入る。

若菜は、夫の鯉伴の頭の近くに端座した。

朝食をすませた後、息子のリクオは父と出掛けていた。

おそらく、近くの川ででも、思いっきり遊んでいたのだろう。

帰ってくるなり、二人は昼食を、揃ってもりもり食べた。

とすれば、眠くなるのは道理である。

若菜は息子のぷっくりした頬を、ふにっと突いた。

息子はもにゃもにゃと口を動かして、また夢に旅立つ。

「…ふふ」

今度は、夫の頬を同じように突いてみる。

すると彼は、うっすらと瞼を上げた。

「若菜…?」

「あ、ごめんなさい。起こしちゃった?」

「うんにゃ…」

鯉伴はゆるゆるとかぶりを振る。

「仕事は、終わったのかい…?」

「えぇ」

「そうか…」

睡魔に引きずられるように、鯉伴はまた目を閉じた。

「若菜…。膝、貸してくんねぇか…?」

若菜の返事よりも先に、鯉伴は頭をその膝に乗せた。

体が少し動いたが、息子は落ちることも、目を覚ますこともない。

鯉伴が小さな体を、しっかり抱いているからだ。

すぐに寝息をたて始めた夫に、若菜はなんだか幸せな気持ちになった。

彼らには、程度の差はあれど、妖怪の血が流れている。

けれど。

めいっぱい動いて、お腹いっぱいになれば、眠くなる。

そんな何気ないところは、人間となんら変わらないのだ。

夫と息子の額を、若菜は同時になでた。

どうか、二人が良い夢を見られますように。

そう願いながら。



《後書き→》
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ