BOOK(献上と頂戴)
□仄かな想い
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世は戦国。
人々の生き血を巡って妖怪がはびこる中、集落から少し離れた古びた寺に任侠一家・奴良組はいた。
賑やかな宴の肴は、ここに巣食っていたたちの悪い妖怪を倒したことの武勇伝。
その話の中心は勿論総大将・ぬらりひょんで、下僕たちがやんややんやと囃し立てる傍ら、当人はそれをのんびりと眺めていた。
「ぬらりひょん様ぁ。次は何処へ向かうのですか?」
「うん?」
雪女に酌をされた杯を傾ける手を止めて、男は思案する素振りを見せた。
「そうさな・・・京にでも行こうかのぅ」
「京へ?なぜですの?」
「嫁探しじゃ。このワシの妻となるのは、この世で一番の女でなくてはな。京になら、さぞやいい女がいるだろう」
雪女は、愉快そうに笑う主の頬にすっと指を這わせる。
「それなら、わざわざ京になど行かずとも、この雪麗をお側に置いて下さいませ」
「ワシはお前を破門したりはせん」
「・・・悪いヒト」
さらに詰め寄る雪女をするりとかわして、ぬらりひょんは立ち上がった。
「明日、日が暮れたらここを立つ。支度をしろ」
「ああん。私の酒が飲めないの?」
「他の奴に注いでやれ。お前の酌なら喜ぶぞ」
「・・・そんなの、ちっとも愉しくないわ」
妖怪たちに指示を出しながら広間を後にするその背中を見ながら、彼が置いていった杯で一つ、仰いだ。
「男に媚を売る妖怪、か・・・」
低く唸るような声に首を巡らせれば、すぐそばに仁王立ちの牛鬼がいた。
「そのようにして、どれほどの男たちを惑わせてきたのでしょうな」
「あなたには関係ないわ」
雪女は手酌で、また口をつける。
「人間だけでは飽き足らず、次に狙うは妖怪の親分ですか」
「何が言いたいの?」
「・・・いえ、別に・・・」
途端に語尾を弱める牛鬼に悪戯心が芽生えたのか、雪女は静かに彼に寄り添った。
「あら?さっきまでの威勢はどうしたのかしら?」
「・・・何のことですか」
冷静を装っているようだが、うっすらと赤くなった耳が説得力に欠けていて、雪女はくすりと笑った。
「さて、支度しないとね。牛鬼、あなたも早く支度なさいな」
すぐに離れた彼女の冷たい温もりに虚しさを覚えたのは、ただの気まぐれか。
奴良組の命運を分ける京での出来事の、少し前のお話。
〈あとがき→〉